「でも、今はがっかりよりもうれしい気持ちが勝っているわ。やっぱりあの桜の木は本物ね。私の〝伝えたいこと〟を、ちゃんと悠里君に届けてくれた」

「そうですね。ちゃんと届きました。でも、もう木登りなんてやめてくださいね。先輩は、僕よりも運動神経がないんですから」

「ああ、ひどい! なんで悠里君は、そうやって意地悪なことばかり言うのかしら」

「先輩のことが心配だからですよ。先輩は、いつだって無鉄砲すぎるんです。これからは僕も先輩のことを助けてあげられないですから、あまり無茶はしないって約束してください。でないと、僕の胃に穴が開いてしまいます」

 やや冗談めかして忠告すると、奈津美先輩も頬を赤らめながら「うん、わかった」と頷いてくれた。
 まあ、そうは言ってもこの人はいつだって全力で頑張ってしまう人だから、きっとこれからも無茶ばかりしていくんだろうな。本当に難儀な人だ。

「ねえ、悠里君。小学生の時にした約束、ちゃんと覚えてる?」

 奈津美先輩が上目遣いに僕の顔を覗き込み、質問を投げ掛けてくる。
 小学生の時の約束か。そんなの、覚えているに決まっている。忘れられるはずがない。だってあの約束は、今も僕を突き動かす原動力なのだから。

「もちろんです」

 奈津美先輩に向かって頷き返しつつ、僕はあの日のことを思い出す。あの日の奈津美先輩の――奈津美ちゃんの真剣な面持ちと言葉が、胸の中で蘇ってきた。

『わたしは……おじいちゃんみたいに立派な製本家になる。お母さんやお父さんは「よしなさい」って言うけど、絶対になる。それで、何百年でも誰かと寄り添っていけるくらい丈夫で、みんなに愛してもらえるくらい素敵な本を、たくさん作りたい』

 今でも一字一句忘れない、奈津美ちゃんの決意が籠った言葉。そんな奈津美ちゃんの強い気持ちに触発され、僕はすぐさまこう言ったのだ。