5月8日

今日から私の新しい生活が始まる。まだ来て間もない私が知っているこの町の人は、担任の櫻井智奈先生くらいだ。とりあえず登校してきたら職員室に来るように言われていたので、朝8時に学校に着き、職員室の扉を開いた。

「あら、おはよう山岸さん。ちょっと待っててね。」

櫻井先生がすぐに私に気がついてくれたのでホッとした。

「改めまして、今日からよろしくね。クラスのみんなとはまだ誰とも会ったことないんだよね?でも大丈夫!みんな明るくていい子だから、気軽に話しかけていいからね!あと、何か困ったことがあったら、私のことも頼ってね。」

「ありがとうございます。」

先生に連れられるまま、教室の前まで来た。緊張して入るのに足がすくむ。緊張しやすいというわけではないが、転校生などと慣れない状況なので、変な汗をかいてしまう。

先生が扉を開け、私も後についていく。

「今日は始めに転校生を紹介します。」

「はじめまして、山岸怜乃です。東京から来ました。よろしくお願いします。」


「東..........京......?」

一番端の前の席の子が驚いた顔でそう口にした。他の生徒も驚きを隠せない様子だった。この町では他の町から、他県なんかから人が来るということは、かなりイレギュラーな事態なのだ。無理もないかと思いながら頭を下げる。

「席は窓側の一番後ろの空席に座ってね。」

「はい。」

後ろに行く際にもクラス中からの妙な視線を感じる。でも、このクラスでやっていくには、今は我慢するしかないか。そんなことを思いながら先に着いた。

* * * * * * *

チャイムが鳴り、4時間目の授業が終わった。今からお昼ご飯だけど、誰に声をかけようかと悩んでいた矢先、隣の席の女の子が声をかけてきた。
「山岸さん、あっちで一緒に食べようよ!」
「うん、ありがとう!」
クラスの真ん中に女子3人が集まっていて、そこに入れてもらった。
「山岸さんここどうぞー。」
髪の長いポニーテールの子がそう言って席を開けてくれたのでお言葉に甘えてそこに座った。
「私は阿久津愛。よろしく!」
隣の席の子が木ノ崎彩芽。その隣のボブで声が可愛く特徴的な子が中山春陽。そして私のもう片方の隣にいるクールな雰囲気の子が支倉実梨だ。
とりあえず今日1日で女子生徒の名前は覚えることができた。他にも大人しい印象で、今日は話すことができなかった北村さんという子と、今日は学校を休んでいてどんな子か分からない森七波がいる。
男子生徒については、正直言って、全然まだ分からない。明日以降機会があれば話しかけてみようと思う。そんなことを考えながら1人で家に帰っていた。通学途中には、このほとんどシャッターで閉まっている商店街を通る。その中にある小さなパン屋さんがとても美味しいということを知った。今日は特に買うものもないのでそのまま通り過ぎようとした時、パン屋さんの中に私と同い年くらいの女の子がいた。綺麗な黒髪のロングヘアーで、顔はよく見えなかったがきっとかわいいに違いないと思った。

* * * * * * *

家に帰ると買い物に行っているのか、本来いるはずの母親はおらず、1人を堪能できると思った。しかし、そう思ったのもつかの間で、家のインターフォンが鳴った。心の中で文句を言いながらドアを開けると、支倉実梨が立っていた。
「あ、わざわざ家まで突然来てびっくりしたよね、ごめん。ちょっと聞きたい事があって、、」

「何?」

「さっき、商店街を通ってたよね。」

「うん、そうだけど、、。なんで実梨ちゃんが知ってるの?」

「私も帰り道通るのよ。それで、私が商店街を通るとき、たまたま怜乃ちゃんが前を歩いてるところを見かけたのよ。」

「あ、そうなんだ。じゃあまた今度一緒に帰ろうよ。」

「そうだね。それでね、商店街にパン屋さんあるじゃない。あそこで誰かと会わなかった?」

帰り道の下りを凄くどうでもよさそうに、というよりあまり一緒に帰りたいとは思ってなさそうな冷たい雰囲気で返答し、態度が一変してそわそわした様子で質問して来たので、実梨ちゃんにすこしビビりながらも、パン屋さんの中にいた髪の長い女の子のことを話すべきか悩んだ。

「パン屋さんの中に髪の長い女の子がいたけど、顔はよく見えなかったし、何も話してないよ。それに向こうは私に気付いてるかも怪しいくらい。」

「そっかぁ。変なこと聞いてごめんね。あんまり気にしないでね。じゃ、また明日!」

少し悩んで考えたあと、急に笑顔になってあっさり帰っていった。今日お弁当を一緒に食べた時は、クールでとっつきにくい印象だったが、ますますどんな子なのか分からなくなってしまった。

「はあ。今日は初日だったから疲れた。もう寝よっと。」

ソファに寝転ぶと急に眠気が襲って来た。

そういえば、さっきの実梨ちゃん、本当に怖かったなあ。明日、話しかけづらいな…。


私は大事なことを忘れていた。気になる謎は、すぐに解くべきであるということを。