「いらっしゃいませー」

 明るい声で好印象を与える女性店員は一人で商品の整理をしていた。二、三人の女子高生がブレスレットを吟味している中、支倉は真っ直ぐ店員の下へ行き、一言告げた。

「〈記憶の墓場〉に用があるの」

 店員は女子高生がこちらを見ていないことを確認してから、静かに頷いた。

「彼女は二階にいますよ。こちらの裏口からどうぞ」

 案内された裏口を抜け狭い階段を昇ると、白い扉があった。この扉の向こう、部屋の中に支倉は用があるらしい。支倉に手を握られている恭矢は、彼女の震えから緊張を察していた。

 支倉はノックもせずにドアノブを回し、白い扉を開いた。

 ――そこで、彼女は本を読んでいた。

 白を基調としたシンプルでオーソドックスな壁とカーペットに囲まれた、八畳間の部屋。

 家具屋のショールームのような無駄のない部屋に置かれたソファーに腰掛けていた彼女は、いつもと違って真っ直ぐに黒髪を下ろしていた。

 清楚な顔立ちによく似合うシンプルな膝下のプリーツスカートを穿き、しっかりした白いブラウスを着ている彼女は、とても大人っぽくて女らしいと思った。

 恭矢の中にある、小泉由宇のイメージが書き換えられていく。

 抗い難い由宇の魅力に惹きつけられて、どうしても目を離すことができなかった。

 幸運だったのは、恭矢が由宇に見惚れすぎたせいか声を出さなかったことだ。由宇が恭矢と他人の振りをしたがっていることを、恭矢はこの後すぐに知ることになる。

 由宇は恭矢を一瞥したのにもかかわらず、声をかけることもなく支倉の方を見て微笑んだ。

「こんにちは。支倉さんですね? ご依頼内容は伺っております。どうぞこちらにお掛けください」

 由宇は支倉を自分の対面のソファーに座らせた。支倉に手を繋がれたままの恭矢は彼女の横に腰掛ける形となり居心地の悪さを覚えたが、由宇も支倉もまるで意に介さないようだった。

「想像していたより、ずっと若いのね……」

 驚く支倉に、由宇は穏やかに微笑んだ。

「わたしが〈記憶の墓場〉ではご不安ですか?」

「……ううん、あなたを信じるわ。今日はよろしくお願いします」

 お互いが頭を下げあった後、由宇はようやく恭矢に視線を移した。

「失礼ですが、ここに第三者はお立会いいただけません。少しだけ外してもらえないでしょうか?」

 今まで由宇には何度も話しかけてきたものの、ここまで明確に拒絶されるのは初めてだった。服装だけではなく、学校で見る彼女とはまるで異なる印象を受けた。

「わ、わかった……」

 席を立とうとした恭矢の手を支倉は今までより強く握って、由宇の目を見つめた。

「わたしが彼にいてほしいと頼んだの。……もう二度と会えない、旦那の代わりに」

 真剣な支倉にいつの間にか情が移ってしまったのか、恭矢も頭を下げていた。これから何が始まるのかはさっぱりわからないが、自分がそばにいるだけで支倉が救われるのなら応えたいと思ったのだ。

「……支倉さんがそう仰るなら、わかりました。では、媒体を見せてください」

 由宇の言葉に支倉は「ありがとう」と言って、鞄から哺乳瓶におしゃぶり、母子手帳を取り出した。恭矢が疑問を顔に出さないように努めている中で、由宇はそれらを受け取った。