「……なあ小泉。今日ってすごい貧乏デートだったと思うんだけどさ、楽しかった?」

「楽しかった。……相沢くんと最後にいい思い出を作ることができて、本当によかったと思ってる」

 今の質問、恭矢には初めから答えはわかりきっていた。たとえつまらない一日だったとしても、由宇が笑顔で「楽しかった」と言ってくれる女の子だということは、記憶の大部分を失っていても、二ヶ月間彼女を真剣に見続けてきた恭矢にはわかる。

 小泉由宇は建前が上手で、作り笑顔が上手で、世の中を無難に渡っていける少女である。

「これが最後じゃないよ。また遊ぼう、次はもっと楽しくなるからさ」

 だけど恭矢は、今の由宇なら本当の気持ちを教えてくれると信じている。

「……最後って言ったのに……相沢くん、嘘はダメだよ」

 笑顔の恭矢とは対照的に、困った顔をした由宇の細い指を絡め取るようにして両手を取った。

 彼女はこの細い指に、華奢な背中に、繊細な心に、今までどんな記憶を積み重ねて来たのだろう。

「今日の思い出はあげないよ。俺、すっごく楽しかったし。絶対あげない」

「……奪わなくても、わたしは相沢くんから楽しい時間をいっぱい貰ったよ。だから……」

「だったら俺と一緒にいよう。小泉が毎日を幸せに過ごせるようにするから」

「そんなの……」

「うん、たぶん無理だ。小泉を怒らせることも、悲しませることもたくさんあると思う。それでも、押し付けられる感情と、自分の心から生まれる感情は意味が違うよ」

 恭矢は引かずに、彼女が押しに弱いところも計算しつつ、ありのままの気持ちを伝えた。

 だけど由宇が恭矢の気持ちを本当に嫌だと感じたなら、彼女は明確に拒否する強さも持っていることも考慮したうえでの行動だ。

 だから彼女が次にとる行動こそが、答えなのだと確信している。

「……わたしが過去を語ったあの夜、相沢くんがわたしに言ったこと……覚えてる?」

「正直に言う。ごめん、覚えてない」

「そっか……そうだよね。でも、あなたは二度も言葉にしてくれた。わたしがずっと期待していた約束を、記憶を失っても守ってくれていたの。……ねえ相沢くん。わたしね」

 由宇は恭矢の目を見つめ、柔らかく微笑んだ。

「……あなたのことが、好き」

 由宇はこれから、恭矢と共に思い出を積み重ねていくのだろう。

 自分だけの未来がある彼女にはもう、〈記憶の墓場〉なんて呼び方は相応しくない。

 今や、彼女はどこにでもいる高校生――ただの、恋する乙女にすぎないのだから。 (了)