今年もこの街に、ストーブと雪かきが欠かせない辛い季節がやって来た。

 アイスバーンで滑りやすくなっている道を慎重に歩いて雑貨屋に到着すると、レジカウンターの中だけちゃっかりストーブをもう一つ設置している店長が片手を挙げ、親指で二階を指差した。

「お疲れさん。あの子はいつも通りだし、今日も骨折り損になるかもしれないよ?」

「大丈夫です。今日の俺には、秘策がありますから!」

 恭矢は不敵に笑い、店長に頭を下げた。階段を昇り切ると、彼女のいる八畳間の扉が見える。いつものようにノックを三回試みたものの、相変わらず返事はなかった。

「小泉、俺だけど。入ってもいいかな?」

 しつこく声をかけ続けていると、彼女は扉に近づいてきた。

「……もうわたしと関わらない方がいいって、言ったよね?」

 扉は開かれることのないまま、今日もまた同じことを言われてしまった。

 恭矢は由宇にキスをされた翌日から、わかりやすく避けられていた。それからおよそ二ヶ月もの間、恭矢は何度あしらわれても懲りずに雑貨屋に足を運び、学校やバイト先でのたわいもない話を、勝手に捲し立てては帰っていく日々を送っていた。

 瑛二や店長からはそんな手応えのない恋をよく続けられるものだと驚かれるが、恭矢はまったく辛くなかった。
由宇が恭矢を心から拒否しているわけではないと、自信を持っているからだ。

 勿論、根拠はある。由宇がもう〈記憶の墓場〉として仕事をしていないことを、恭矢は知っていた。それでも彼女が毎日ここにいる理由を考えたら、都合のいい想像をしても罰は当たらないだろう。

「わかった。じゃあさ、今日一日だけでいいから俺と一緒に遊びに行こう! 明日からはもう小泉に関わらないようにするから! 最後にするからお願い! 今日は俺と一緒に遊ぼう!」

 情に訴えた卑怯な誘い文句がきいたのか、しばらくしてから扉の開く音が聞こえた。