喧嘩の一つもできないようでは由宇を守れないと思い、喧嘩なら負けたことがないと自慢していた西野に対人用の戦い方を教えてもらったのだ。
西野は口だけの男ではなく、本当に腕っ節の強い男だった。恭矢は自分が喧嘩に向いているとは微塵も思っていなかったが、肉体労働もしているからか筋がいいと褒められた。西野に指導を受けていた日々は毎日が痣と筋肉痛との厳しい闘いだったが、それらと引き換えにいろいろな戦法を習得することができた。
少ない動作に似合わない痛みを与えることができれば、敵は自分より強いのではないかと警戒し萎縮すると言った西野の教えが正しかったことを、恭矢は実感していた。
遠藤は先程までの余裕綽綽な佇まいから一転、恭矢を警戒し、様子を窺いながら、いつでも恭矢の動きに対応できるように構えていた。
互いの隙を狙って睨み合っていた二人だが、恭矢が間合いを詰めようと近づいた瞬間、遠藤は再び恭矢を取り押さえようと動いた。
――今だ!
遠藤の片足が浮いたところを見計らい、恭矢はしゃがみこんでローキックで遠藤の脛を全力で蹴飛ばした。倒れることは免れたものの、反射的に痛みで腰を曲げふらついた遠藤の顔に、勢いを乗せた肘鉄砲を食らわせた。
喧嘩に慣れていない恭矢のような人間は拳よりも肘の方が威力があり、自身の体への負担も少なく効果的だという西野の教えに従ったのだ。
鈍い音が部屋に響き渡った後、遠藤は声を詰まらせて後ろに倒れた。気絶させることができれば完璧だったのだが、現実はそう甘くない。遠藤は痛みに顔を歪めながら、美緒子に近づこうとする恭矢の足首を掴んだ。
「遠藤、もういい。見苦しい抵抗はやめなさい」
美緒子が静かな声でそう告げると、遠藤は辛そうに「……申し訳ございません」と呟き、体をよろけさせながら美緒子の視界に入らない場所まで移動した。
幸運だったとしか言い様がない。五回に一回しか成功しない技の、一回目が最初に来ただけだ。
それでも、恭矢が遠藤を退けたという結果は変わらない。恭矢はデスク越しにやっと美緒子と一対一で対峙することができた。
「前に来たときとは少しは違うようだけれど、些細なものだね。それで、君は私も殴りたいのかな? それともまたくだらない戯言を言って、私の耳を汚すつもりかい?」
恭矢は美緒子の椅子の横に立ち、彼女の手を取った。美緒子は舐めているのか、興味深いのか、何の拒否も見せずにただじっと恭矢の顔を見ていた。
恭矢はゆっくりと跪き、年齢よりもずっと若々しい美緒子の手の甲に唇を落とした。
口付けた手の甲を中心に、光が集まっていく。膨大な量の光が部屋中を埋め尽くすと美緒子は意識を失い、机に伏せた。
そして恭矢もまた、光の中に飲み込まれていった。
西野は口だけの男ではなく、本当に腕っ節の強い男だった。恭矢は自分が喧嘩に向いているとは微塵も思っていなかったが、肉体労働もしているからか筋がいいと褒められた。西野に指導を受けていた日々は毎日が痣と筋肉痛との厳しい闘いだったが、それらと引き換えにいろいろな戦法を習得することができた。
少ない動作に似合わない痛みを与えることができれば、敵は自分より強いのではないかと警戒し萎縮すると言った西野の教えが正しかったことを、恭矢は実感していた。
遠藤は先程までの余裕綽綽な佇まいから一転、恭矢を警戒し、様子を窺いながら、いつでも恭矢の動きに対応できるように構えていた。
互いの隙を狙って睨み合っていた二人だが、恭矢が間合いを詰めようと近づいた瞬間、遠藤は再び恭矢を取り押さえようと動いた。
――今だ!
遠藤の片足が浮いたところを見計らい、恭矢はしゃがみこんでローキックで遠藤の脛を全力で蹴飛ばした。倒れることは免れたものの、反射的に痛みで腰を曲げふらついた遠藤の顔に、勢いを乗せた肘鉄砲を食らわせた。
喧嘩に慣れていない恭矢のような人間は拳よりも肘の方が威力があり、自身の体への負担も少なく効果的だという西野の教えに従ったのだ。
鈍い音が部屋に響き渡った後、遠藤は声を詰まらせて後ろに倒れた。気絶させることができれば完璧だったのだが、現実はそう甘くない。遠藤は痛みに顔を歪めながら、美緒子に近づこうとする恭矢の足首を掴んだ。
「遠藤、もういい。見苦しい抵抗はやめなさい」
美緒子が静かな声でそう告げると、遠藤は辛そうに「……申し訳ございません」と呟き、体をよろけさせながら美緒子の視界に入らない場所まで移動した。
幸運だったとしか言い様がない。五回に一回しか成功しない技の、一回目が最初に来ただけだ。
それでも、恭矢が遠藤を退けたという結果は変わらない。恭矢はデスク越しにやっと美緒子と一対一で対峙することができた。
「前に来たときとは少しは違うようだけれど、些細なものだね。それで、君は私も殴りたいのかな? それともまたくだらない戯言を言って、私の耳を汚すつもりかい?」
恭矢は美緒子の椅子の横に立ち、彼女の手を取った。美緒子は舐めているのか、興味深いのか、何の拒否も見せずにただじっと恭矢の顔を見ていた。
恭矢はゆっくりと跪き、年齢よりもずっと若々しい美緒子の手の甲に唇を落とした。
口付けた手の甲を中心に、光が集まっていく。膨大な量の光が部屋中を埋め尽くすと美緒子は意識を失い、机に伏せた。
そして恭矢もまた、光の中に飲み込まれていった。