「君一人では何もできなかったから、今度は由宇も連れて来たってことかな? ……前回の来訪については、覚えているかい?」

「……いや、何も」

「だろうね。だが、以前の君よりは頭を使っている。由宇を頼れば、いろいろとスムーズに事が運んだだろう? 利口な選択だよ。……みっともないとは思うがね」

 扉を閉めた遠藤は美緒子の横に移動した。恭矢たちを見張る体勢に入ったようだ。

「わたしが無理を言って勝手について来たの。相沢くんを侮辱するのはやめて」

 由宇は反論しようとしていたが、恭矢はそれを諌めた。

「相沢くん……どうして?」

「美緒子さんの言っていることに間違いはないよ。実際、俺は情けない男だから」

 由宇を遮るように前に出ると、美緒子は薄ら笑いを浮かべた。

「前回、あなたが俺の記憶を奪ったというなら、話は早い。あなたは俺がいかに無能かを知っている。……俺は一人じゃ生きられない。情けないと思うか?」

「そうだね。自分の弱さを認めた挙句自ら公言するなんて、私が最も侮辱する人間の類だよ」

「だから誰かに頼って、助けてもらうんだ」

「それが今回、君が由宇を連れて来た理由なのか?」

「俺は俺のやり方であなたを、小泉を、青葉を救う!」

 恭矢はシャツを捲くり、背中にあるモノを美緒子に見せつけた。そこで恭矢は、初めて美緒子の動揺した表情を見ることに成功した。

「その刺青……まさか、皮膚移植か!」

 返事の代わりに肯定の笑みで答えてやると、美緒子は溜息を吐いて眉根を揉んだ。

 青葉に背中の刺青を――彼女の持つ〈記憶の再生〉能力を託してほしいと提案したとき、彼女は嫌だと言って泣きじゃくった。それはできない、恭矢が背負うことはないと。

 しかし恭矢は青葉が頷いてくれるまで説得し続けた。聞きたくないと青葉が耳を塞いでも、嫌われる覚悟で毎日毎日、熱意を持って話し続けた。

 恭矢のしつこさについに折れた青葉は、『俺が無理をしないこと』と『絶対に無事に帰って来ること』を条件に、やっと皮膚移植を承諾してくれた。

 今年の春、恭矢が由宇の仕事を知るきっかけとなった出来事――子どものことを忘れたいと由宇の下を訪れた支倉は、美容整形外科医だった。恭矢は支倉から貰っていた名刺を引っ張り出し、刺青の入った皮膚の移植は可能か彼女に相談した。支倉は恭矢の相談内容に驚きつつも、話を真剣に聞いてくれた。

『あの日のことは記憶が曖昧な部分もあるんだけど、恭矢くんにはとても助けられたってことはなんとなく覚えているわ。任せて、助けになるわよ』

 そう言って、支倉は本来保護者の同意が必要とされる皮膚移植を、同意書なしの格安費用で秘密裏に対応してくれたのだ。

 手術の仕様上、恭矢も青葉も体に跡は残るものの、手術は無事に成功した。本当に、支倉には感謝してもしきれない。

 今日の日のために恭矢を助けてくれたのは、支倉だけではない。

 格安で対応してもらったのにもかかわらず、二人分の手術費用を払うことができなかった金のない恭矢は、駄目元でエイルの店長に頭を下げ給料を前借りさせてほしいと頼み込んだ。すると店長は理由を聞くことなく、恭矢が頼んだ金額に更に上乗せして金を貸してくれた。

 店長の慈悲がなければ、恭矢は今ここに立っていない。