由宇と青葉の母が営む会社〈レミリア〉の前で、恭矢は深呼吸をした。
ここに来るのは二度目になるが、一度目は全く覚えていない。以前はどんな風にやられたのだろう。この中にいるのが殺し屋みたいな連中ばかりだったら、無事に帰宅することは叶わないかもしれないと危惧した。
「大丈夫、相沢くんが想像しているような雰囲気じゃないわ。表向きはいたって普通の会社なんだから」
恭矢の心を読んだかのようなタイミングで由宇は言った。
「……なあ小泉、本当に一緒に来るのか?」
「何度も言わせないでね。一緒に行く。もう決めたの」
一週間前――恭矢が美緒子に再戦を申し込む日取りを由宇に伝えたところ、彼女は一緒に行くと言ってきかなかった。
由宇が一緒に来ることに抵抗がないと言ったら嘘になるが、一度会って恭矢の愚かさや弱さも十分知っている美緒子には、以前よりも余裕があるに違いない。だが由宇がいることで少なからずの想定外――イレギュラーによる揺さぶりを与えることもあるだろうと考え、素直に誰かを頼ることを覚えた恭矢は彼女の要望を断ることはしなかった。
『もう相沢くんを待っているだけなんて、耐えられない。わたしは、わたしと青葉と母のために、一緒に行くの』
同じことを言うあたり、さすが由宇と青葉は血を分けた姉妹だなと思った。
恭矢は由宇を誘導するように彼女の前を歩き、〈レミリア〉へと向かった。入り口まで着くと警備員が一人いたが、彼は由宇を見て丁寧に頭を下げてからゲートを通した後、恭矢には殺し屋のような目つきで睨みつけてきた。以前、彼の恨みを買う何かをしたのだと確信した恭矢は胸中で謝っておいた。
社内に入り受付を済ませると、細身の男性が現れた。
「本日、由宇様と相沢様を社長室まで案内させていただきます、遠藤と申します。よろしくお願いします」
どうやら由宇がいれば社長室まで行くことは容易らしい。
(遠藤さんは、母が信頼している秘書さんよ。温厚な切れ者、って感じのひと)
遠藤に連れられて歩きながら、由宇が小声で説明してくれた。温厚な切れ者と評された遠藤は、由宇はもちろん、恭矢にまで丁寧な言葉遣いで話しかけてきた。
「相沢様は由宇様のご学友だと聞いております。学校での由宇様は、どのような感じなのでしょうか?」
「え、えっと……目立つタイプではないんですけど、可愛くて……あ」
思わぬ質問にうっかり本音を口にしてしまうと、由宇が赤くなっていた。
「ふふふ、なるほど。由宇様の貴重なお顔が拝見できたのも、相沢様のおかげですね」
遠藤にからかわれながら、恭矢たちはエレベーターに乗った。
「……あの、遠藤さん。母は今日、わたしたちが来ることを知っているのですか?」
「社長はいつだって、由宇様のことを大切に思っていらっしゃいますから」
「……何か言っていましたか?」
「いいえ、特には。ですが、由宇様が仕事以外で顔を見せてくれて嬉しいと、思っていらっしゃるはずですよ」
エレベーターの扉が開き、恭矢たちは静かに八階の廊下を歩いた。社長室の前まで辿り着くと、遠藤がセキュリティーを解除して扉が開いた。
白を基調とした部屋の奥にある、大きな窓の前にある社長椅子に彼女は座っていた。
ここに来るのは二度目になるが、一度目は全く覚えていない。以前はどんな風にやられたのだろう。この中にいるのが殺し屋みたいな連中ばかりだったら、無事に帰宅することは叶わないかもしれないと危惧した。
「大丈夫、相沢くんが想像しているような雰囲気じゃないわ。表向きはいたって普通の会社なんだから」
恭矢の心を読んだかのようなタイミングで由宇は言った。
「……なあ小泉、本当に一緒に来るのか?」
「何度も言わせないでね。一緒に行く。もう決めたの」
一週間前――恭矢が美緒子に再戦を申し込む日取りを由宇に伝えたところ、彼女は一緒に行くと言ってきかなかった。
由宇が一緒に来ることに抵抗がないと言ったら嘘になるが、一度会って恭矢の愚かさや弱さも十分知っている美緒子には、以前よりも余裕があるに違いない。だが由宇がいることで少なからずの想定外――イレギュラーによる揺さぶりを与えることもあるだろうと考え、素直に誰かを頼ることを覚えた恭矢は彼女の要望を断ることはしなかった。
『もう相沢くんを待っているだけなんて、耐えられない。わたしは、わたしと青葉と母のために、一緒に行くの』
同じことを言うあたり、さすが由宇と青葉は血を分けた姉妹だなと思った。
恭矢は由宇を誘導するように彼女の前を歩き、〈レミリア〉へと向かった。入り口まで着くと警備員が一人いたが、彼は由宇を見て丁寧に頭を下げてからゲートを通した後、恭矢には殺し屋のような目つきで睨みつけてきた。以前、彼の恨みを買う何かをしたのだと確信した恭矢は胸中で謝っておいた。
社内に入り受付を済ませると、細身の男性が現れた。
「本日、由宇様と相沢様を社長室まで案内させていただきます、遠藤と申します。よろしくお願いします」
どうやら由宇がいれば社長室まで行くことは容易らしい。
(遠藤さんは、母が信頼している秘書さんよ。温厚な切れ者、って感じのひと)
遠藤に連れられて歩きながら、由宇が小声で説明してくれた。温厚な切れ者と評された遠藤は、由宇はもちろん、恭矢にまで丁寧な言葉遣いで話しかけてきた。
「相沢様は由宇様のご学友だと聞いております。学校での由宇様は、どのような感じなのでしょうか?」
「え、えっと……目立つタイプではないんですけど、可愛くて……あ」
思わぬ質問にうっかり本音を口にしてしまうと、由宇が赤くなっていた。
「ふふふ、なるほど。由宇様の貴重なお顔が拝見できたのも、相沢様のおかげですね」
遠藤にからかわれながら、恭矢たちはエレベーターに乗った。
「……あの、遠藤さん。母は今日、わたしたちが来ることを知っているのですか?」
「社長はいつだって、由宇様のことを大切に思っていらっしゃいますから」
「……何か言っていましたか?」
「いいえ、特には。ですが、由宇様が仕事以外で顔を見せてくれて嬉しいと、思っていらっしゃるはずですよ」
エレベーターの扉が開き、恭矢たちは静かに八階の廊下を歩いた。社長室の前まで辿り着くと、遠藤がセキュリティーを解除して扉が開いた。
白を基調とした部屋の奥にある、大きな窓の前にある社長椅子に彼女は座っていた。