放課後とは、日替わりで多種多様のアルバイトをしている恭矢が、勤勉な学生から熱心な労働青年に変身する時間である。

 自転車置き場から愛車を引っ張り出しバイト先に向かって颯爽と走り出したものの、すぐに信号に引っかかった恭矢は、道路の向こう側に由宇の姿を捉えた。

 由宇は自分が綺麗だという事実をひた隠すように静かに歩いているけれど、それでもしっかり発見できるあたり、恭矢のセンサーは実に優秀である。

 ――家の手伝いかあ。小泉んちって自営業なんだ? 食べ物系とか?

 ――ごめん相沢くん、わたし、日誌書いたらすぐに帰らないといけなくて……本当にごめんね。

 昨日の会話を思い出した恭矢は、抑えきれない好奇心が湧き上がってきた。学校以外の由宇の日常を少しでも知りたくなってしまったのだ。

 バイトが始まるまでまだ少し時間がある。そうと決めたら急がなくてはと、恭矢は信号が青に変わったのと同時にペダルを回し、素早く横断歩道を渡った。

 由宇に追いつくまであと少しだ。そろそろ声をかけようと一気に自転車を近づけたとき、恭矢は誰かにぶつかりそうになった。

「うわあ!」

 反射でそれを避けたはいいものの、バランスを失った自転車ごと転んでしまった。コンクリートと自転車が摩擦する激しい音の中に「いてえ!」と恭矢の情けない悲鳴が混ざる。

「いてて……って、……うわ! ご、ごめんなさい! 大丈夫ですか!?」

 受け身がよかったのか頑丈なのか、すぐに立ち上がることができた恭矢はぶつかりそうになった女性に即座に声をかけた。女性は直立した姿勢のまま俯いている。ぶつかっていないとは思うが、万が一にでも怪我をしていたら大変だ。

「…………のよ」

 女性は俯き、ぶつぶつと何か呟いていた。

「あ、あの……大丈夫ですか?」

 もう一度声をかけると、俯いていた女性は豹変したように凶暴な動きで恭矢の胸倉を掴んだ。

「どうしてくれるのよおおおお! あんたのせいでえ、星羅ちゃんはああああ!」

 鬼の形相で揺さぶってくる女性に恭矢は焦ったが、

「おおおお、落ち着いてください! セイラチャンがどうかしたんですか?」

 とにかく女性に落ち着いてもらおうと、懸命に宥めようと努めた。

 女性は恭矢の目をじっと見つめていた。それは品定めをされているような、気持ちのよくない視線だった。

 やがて落ち着いてきた女性は、肩にかけていたトートバックから哺乳瓶におしゃぶり、母子手帳を取り出した。

「星羅ちゃんはわたしの子どもなの。でもね、わたしは星羅ちゃんを忘れなきゃいけないの。辛いから。君にも責任があるの。わたしを動揺させたから。だからね、君はわたしと来なきゃいけないの」

 恭矢には理解できない理屈を展開したかと思ったら、女性は素早く恭矢の自転車の後ろに乗っていた。

「え!? なんで乗ったんですか!?」

「いいからわたしを連れていって。〈記憶の墓場〉と呼ばれる人のところへ」

「墓場!? ……ど、どこなんですか?」

「はい、これを見て。お願いね」