「それも理由の一つだけどね。精錬された美しさをもつ直線的で金属的な部屋よりも、こういう一般家庭のように安らぎを重視した温かい雰囲気を持たせた方が、人間はリラックスできるものなんだよ。リラックスできるということは、私の仕事ではとても重要なことなんだ」

 美緒子の堂々とした雰囲気からは、成功者の自信が透けて見えていた。 

「初めまして。俺は相沢恭矢といいます。今日は舘さんとお話をさせていただきたくて、お忙しいところ恐縮ですが伺いました」

「知っているよ。あと、美緒子でいいよ。苗字は好まないんだ」

「では、美緒子さんとお呼びします。……あの、知っているというのは、俺の素性はある程度ご存じということでしょうか?」

「ある程度がどの程度なのかは、個人によって定義が異なると思うけどね。私が知っているのは、君は綾瀬青葉の幼馴染で、小泉由宇の同級生であるということ。彼女たちの持つ記憶に関する能力を知っているし、能力を使われて記憶を消されたことも、再生されたこともあるということ。……そして、由宇を裏社会で働かせているだけではなく、突然青葉にまで接触した二人の母である私に腹を立て、ここまで乗り込んで来たということ。それくらいかな?」

 部屋の中に緊張が走った。美緒子の威嚇に、恭矢が無意識のうちに構えてしまったからだ。

「改めましてようこそ、騎士気取りの青二才くん。私も君と話がしたかったんだよ」

 美緒子は由宇を想像させる穏やかな話し方から一転、殺伐としたオーラを纏って恭矢に襲い掛かってきた。美緒子を『普通じゃない』と表現した由宇の言葉が思い出される。

 恭矢は彼女の、人間を飲み込まんばかりの深い瞳の色を睨みつけ、息を吸った。

「……あなたがやってきたことを、全部俺に話せ。どうして二人を捨てた? どうして小泉を裏の世界に引き込んだ? どうして……今更青葉に接触した? 返答次第では、小泉があなたを許そうとも、青葉が泣き寝入りしようとも、二人にこれ以上関わることは俺が絶対に許さない」

「それで? それだけかい?」

「俺にできることなんて、これくらいしかないからな。だけど俺はたぶん、あなたが想像しているよりはしつこいと思うぞ」

 美緒子は嘲笑した。動物同士の喧嘩のように、あるいは品定めしているように、彼女は決して恭矢から目を逸らさなかった。

「面白そうだから話そうか。一言で言えばね、男は不甲斐なかったんだよ。私の持つ〈記憶の強奪〉と〈記憶の再生〉の能力を引き継いだ才能を持った子どもは、由宇と青葉だけだったのさ」

「……どういうことだ?」

「私は由宇と青葉を含め、四人の子どもを産んでいる。由宇と青葉以外の二人は男だ。だが残念なことに、私の能力は男には引き継げなかったのさ。由宇が強奪能力だけを、青葉が再生能力だけを引き継いだのは、興味深い結果だった。兄弟の多い君なら理解できるだろう? 同じ親から生まれているのに性格が全く異なるなんてことは、身をもって知っているはずだ」