なんだよ、それ。青葉の話を聞いていたら、腹の中から沸々と怒りが込み上げてきた。

 いくら二人の母親だとしても、彼女がとった行動は人として許容できる範囲を十分に超えた、非人道的な行動だ。

「……これから、青葉はどうしたいんだ? 忘れていた記憶を思い出すことを強制されたことに対して、もう一度お母さんに会って、今までの不満を言いたい? 文句を言いたい? 平手打ちをかましてやりたい? 青葉がしたいと思ったことを、俺は全力で協力するつもりだぞ」

 怒りは増す一方だが、自分の感情より青葉の感情が優先されなければならないことくらいはわかっている。恭矢が問いかけると、青葉は恭矢の手をより強く握った。

「……わたしより……由宇ちゃんに、聞いてほしいな。わたしは今日まで、由宇ちゃんと恭ちゃんにずっと守られて来たから、平気だよ」

 青葉の力のない笑顔を見たとき、抑えこんでいた恭矢の激情はついに振り切れて、防波堤を突破した。

「青葉が平気でも、俺が平気じゃない! ふっざけんな! 勝手に出ていって母親業を放棄したくせに、勝手に青葉に接触しやがって! 青葉は玩具じゃねえんだよ!」

「……わたしが油断していたのも悪いんだよ。知らないひとにあんなに接近されたのに、不審に思わなかったんだもん。普段、家に居過ぎて警戒心が鈍くなっちゃったんだね、きっと」

「俺には訳がわからないほど執着するくせに、どうして自分を守ることに疎いんだよ! そういう問題じゃないだろ!? 他にもなんかされてないよな!? 青葉に何かあったら俺、死ぬほど嫌だからな!」

 青葉の体を引き寄せて抱き締めると、彼女の瞳にゆっくりと涙が滲み始めた。そして色素の薄い瞳からぼろぼろと涙を零して、恭矢の胸にしがみついた。

「……怖いよ……本当は怖かったよ……今だって、どうしたらいいのかわかんないよ! う、うわあああああ!」

 堰を切ったように泣く青葉を胸に抱くと、由宇は何も言わずに恭矢たちの姿を目に焼き付けるように見ていた。


 青葉の泣き声が落ち着いてきた頃、恭矢は切り出した。

「……と、いうわけで。俺は二人の母親とちょっと話がしたいと思っている。小泉、母親がどこにいるのか、教えてもらえるか?」

「……会ってどうするつもりなの? 説教でもするつもり?」

「母親業を放棄したことと、急に青葉に接触したことに文句言って、言い分を聞く。話をしてみようと思うんだ。どうしようもない理由でやったことでも、これから改心してくれれば何よりだし、変わらないのなら……もう二度と二人に近づくなって言うつもりだ」

「……世間知らずな子どもの台詞だね。どうしようもない理由しかないと思うし、改心するなんて考えられない。第一、相沢くんが話をできるような環境にいるひとじゃないわよ」

 手厳しい言葉だが由宇は恭矢を馬鹿にしているのではなく、あくまで今まで母親と接してきて感じた自分の意見を述べただけなのだろう。

「やってみなくちゃわからないだろ」

「無駄だと思う」

「無駄になるかどうかは俺が決める。頼む、教えてくれ」

 恭矢が絶対に引かないことを悟ったのか、由宇は少しだけ逡巡した後、溜息を吐いて立ち上がった。

「……お代わりはコーヒーでいいのよね?」

 由宇が折れてくれた理由はわからないけれど、第三者の介入で母親が変わることを彼女自身も少しだけ期待しているからだと予想した。