青葉は昔から頭が良くて可愛かったので、学校では恭矢の自慢の幼馴染だった。

 だが昨年の十二月、中学校三年生の青葉はある出来事をきっかけに不登校になってしまった。青葉が心に負った傷は恭矢には想像もできないほど大きかったようで、中学校では学年順位一桁の成績を取っていたのにもかかわらず、青葉は高校へ進学しなかった。

 本来であれば今頃県内有数の進学校に進み青春を謳歌する予定だった彼女は現在、相沢家の家事を手伝うだけの役不足な生活を送っている。

 恭矢の母は青葉に毎月お金を渡そうとしているし、いつでもやめていいと伝えているのだが、青葉は一度だってお金を受け取らず、首も縦に振らなかった。

「いただきます!」

 少しだけ水っぽくて辛すぎない、じゃがいもの大きなカレーは、相変わらず恭矢好みに作られていた。恭矢は最近ではもう母の料理より青葉の料理の方が美味しいと思っている。

 学校の話や龍矢の様子を青葉と話しながら胃袋にカレーを収めている最中、スプーンに掬ったらっきょうを見て、ふと由宇にあげたミルク飴を思い出した。

「同じクラスの女の子にさあ、話しかけても全然会話が続かないんだよね。なあ、女の子ってどんな話をすれば喜ぶかな?」

「……ごめんね。わたし、学校行ってないから流行とかよくわかんない」

 少し拗ねたように笑う青葉の顔を見て、恭矢は自分の失言に気づいた。

「……カ、カレー美味いな! いつもよりちょっと甘くした?」

「あ、気がついた? 桜ちゃんのリクエストで牛乳多めにしてみたんだ。恭ちゃんはどっちが好みかな?」

「青葉の作るカレーならなんでも美味いって」

 嬉しそうな青葉の表情に恭矢が胸を撫で下ろしたのも、束の間のことだった。つけっぱなしにしていたテレビから、俳優が元気な声であの言葉を発したのを聞いてしまったからだ。

〈母の日に作ろう! 簡単、手巻き寿司! ってなわけで、今日は安く簡単に作れる手巻き寿司にチャレンジしてみたいと思いまーす!〉

 おそるおそる青葉を見ると、彼女の顔が強張っているのがわかった。

「……天気予報やってないかなー?」

 と言って、青葉は自然を装ってチャンネルを変えた。

 父の命日には墓参りをして、時々父の生前の話に花を咲かせる相沢家に対して、綾瀬家における母親の話題は一切のタブーであった。恭矢も詳しくは知らないが、青葉の母親が青葉を生んですぐに行方をくらませたせいで、青葉の父は大変な苦労をしたらしい。

 そのせいか青葉は「母」という言葉に過剰に反応するため、彼女と母親の話をしたことはなかった。

「天気予報やってなかったねー。でも明日は晴れるよ。十九時前の予報ではそうだったし」

 演技を忘れているのか、わざとやっているのか。不自然さを隠すつもりなど毛頭ない青葉の言葉に、

「……やったー。きっと明日はいいことあるな」

 恭矢はまるで根拠のない適当な相槌を打つはめになった。