「……実はね。相沢くんがわたしのことを気にかけてくれるのは、当たり前のことなの。だって、わたしは過去に一度、わたしと関わった記憶をあなたから奪ったことがあるから。……だからあなたがわたしを気にかけてくれるその感情は、わずかに残った後遺症なだけであって、決して恋愛感情の類じゃないわ」

 由宇の告白は衝撃的で、恭矢は激しい動悸で目眩を起こした。彼女の言っていることが本当なのかどうか、恭矢にはもう思い出すことなんてできない。言われてみて初めて「そんな過去」もあったような気がしてくる。

 だけど今は、何よりも先に主張しておきたいことがある。

「……自分で恋もしたことないくせに、わかったようなことは言わない方がいいよ」

 かつて抱いていた気持ちを、青葉のことを考えて押さえ込んだ気持ちを、丸ごと否定されることだけは嫌だった。

「そうね。だけど、恋をできるかできないかは好きになった相手がそうさせるものだって、相沢くんが言っていたわよね? ……だったら、わたしが恋を知らないなんて、相沢くんが決めつけるのもおかしいと思わない?」

「なんだよそれ、答えになってないだろ。それじゃあまるで、今は恋をしているみたいじゃ……」

 ようやく察した恭矢は、由宇の顔を見た。彼女は恭矢から目を逸らさなかった。由宇が纏う凛とした空気は、恭矢が少しでも感情を荒立ててくだらない言葉を口にすれば、すぐにでも壊れてしまう、儚い強がりのバリアに見えた。

 恭矢は何も言えなかった。沈黙を破るのは己の言葉ではいけないと思った。

「わたしが貰った、あなたの素敵な思い出は返せなくても……わたしならあなたが辛い、嫌だと思った気持ちを請け負うことができるわ。だから大丈夫。あなたはこれからまた、優しくて思いやりのある、わたしの好きになった相沢くんに戻ることができるから」

 優しく恭矢の頬を両手で掴む由宇の美しい顔を、恭矢は目に焼き付けるようにして見ていた。

「ありがとう相沢くん。あなたがそばにいてくれた日々のこと、わたしはこの先忘れないから」

 由宇は静かに、恭矢の唇に彼女の柔らかいそれを重ねた。

 恭矢は頭の中から、何か大切な記憶が消えていくのを感じていた。

 彼女のやってきた仕事を考えれば、何をされたのか推理するのは容易だったけれど、そのあまりに強い力は恭矢が止めようとしても抗えるものではなかった。

 遠くなる意識の中で、恭矢は彼女に謝ることしかできなかった。

 最後に彼女にキスをされたという事実だけが、恭矢の中で唯一の幸いな記憶となった。

 ――たとえ、すぐに忘れてしまうのだとしても。