「おかえりー。あれ? いつもより早かったね」

 出迎えてくれた青葉に、恭矢は笑顔を向けることができなかった。

「ちょっと、いろいろあって。てか、青葉は俺が早く帰って来るのが嫌なの?」

「そんなことないよ! 嬉しいよ? 先にごはん食べる? お風呂入る?」

 青葉にまで突っかかってしまったことを後悔したものの、謝るのも躊躇われてそのままにしてしまった。

「……風呂入る。悪いけど、食欲ないから飯はいらない」

 極力青葉と目を合わさないようにして、風呂場に向かった。お湯を溜めてくれたのも、夕食の準備をしてくれたのも青葉だ。それなのに今日はどうしても、献身的な青葉の優しさにさえ素直に礼が言えなかった。

 湯船に浸かりながら恭矢は、今まで抱いたこともない気持ちで青葉のことを考えていた。

 今日は母が玲と桜、龍矢を祖母の家に連れて行くと聞いている。だから今、この家には青葉しかいない。恭矢が帰って来るのを待って、恭矢のために風呂と夕食の準備をしてくれた、青葉しか。

 それなのに恭矢は、風呂から上がったあと青葉と言葉を交わすことを避けて、早々に部屋に引きこもった。一人になりたかったのだ。しかし、

「恭ちゃん、入ってもいい……?」

 おそるおそる、弱々しい声色で恭矢の様子を窺う青葉の声が聞こえた。彼女の可愛らしい声にも今は耳を塞ぎたくなった。それからすぐに恭矢の感情は、青葉はどうしてわかってくれないのだという、苛立ちへと変わった。理性でそれらを必死に押し留め、普通に接することができる心境になるのを待ってから「いいよ」と返事をした。

 青葉はゆっくりと部屋に入って来て、寝転んでいる恭矢の横で足を崩した。

「今日は龍ちゃんたちがいなくて寂しかったな。恭ちゃんが早めに帰って来てくれてよかった」

「うん」

「おばさんの帰りが早かったから、龍ちゃんを買い物に連れて行ったよ。ほら、イオンで小さい子に風船あげるキャンペーンやっているでしょ?」

「あー……龍矢が集めているやつか」

「龍ちゃん、今日は黄色貰うんだって張り切っていたんだけど、黄色がなくて赤貰って来たんだ。最初は泣いて嫌がったみたいなんだけど、桜ちゃんが『赤が一番格好いいよ』って上手にあやしてくれたんだって。もうすっかりお姉ちゃんだよね」

 恭矢は青葉と目を合わせられなかった。やはり今日はどうしても、青葉と会話をすることが辛い。

「……あのさ、俺ちょっと体辛いんだ。一人にしてもらっていいか?」

「え!? 大丈夫? 風邪かな? 恭ちゃんここのところ、忙しそうだったもんね……無理しちゃってたのかな。ちょっと待ってて、体温計持ってくる。だから食欲もなかったのかな? とにかく、布団敷くからすぐ横になって」

 しかし青葉は、恭矢を一人にすることを許さなかった。

 途方に暮れた恭矢は、自分の世話を焼こうと甲斐甲斐しく動き回る青葉を、この手で傷つけてしまいたいと思った。