だが、恭矢の僻んだ心は悪化の一途を辿っていた。
エイルでバイトをしているときも、些細なことに苛々した。会計を告げてから財布を取り出す客に、自分で商品を探そうともせずすぐに聞いてくる客。普段なら笑顔で対応できることでも、いちいち心がささくれた。そんな恭矢を店長が叱らない理由などなく、恭矢はバックヤードに呼び出された。
「どうした恭矢、最近、お前変だぞ。体調でも悪いか?」
「……別に、なんでもないです」
店長は俺の何を知っているというのか。たかが一年程度の付き合いで保護者面するのはやめてほしい。恭矢の胸中は態度から伝わってしまったようで、店長は溜息を吐いて恭矢にタイムカードを手渡した。
「今日はもう帰れ。次の出勤は明後日だよな? それまでにモチベーションを戻せ。戻らなかったらしばらく休ませるから連絡しろ」
店長の有無を言わさない強制帰還命令に、従うほかなかった。
毎日行くのが当たり前のようになっている雑貨屋に向かって自転車を漕ぎながら、自身の行動の必要性に疑問を感じた。
恭矢は由宇のことを友人として幸せにしたいと思い、由宇の喜ぶ顔が見たくて楽しかった記憶を差し出している。これは自分の意思に違いないはずなのに、どうして――面倒だと思ってしまったのだろう。
しっかりしろ。俺が笑っていないと小泉も笑わない。そう自分に言い聞かせて、恭矢は深呼吸をしてから扉をノックした。
「小泉、お疲れ。今日はどうだった?」
「相沢くんも、お疲れさま。今日は……あ、ごめんね、座って」
由宇は目尻を拭いながら立ち上がり、コーヒーを淹れる準備を始めた。恭矢は定位置となっているソファーに腰掛け、適当に返事をしながら彼女の様子をぼんやりと眺めていた。
目の前に置かれたカップを手に取り、熱い液体を一口飲んだ。相変わらず苦くて、美味しいとは思えない。
「……実はさ、俺コーヒー苦手なんだ」
どうしてそんなことを言ってしまったのだろう。由宇に、自分の隠れた努力を知ってほしかったからだろうか。
「……そうだったの? 相沢くん何も言わずに飲んでいたから、てっきり……気がつかなくてごめんなさい」
由宇は申し訳なさそうに謝った。
「少しでも小泉によく思われたくて、格好つけて見栄張ってたんだよ」
恭矢が由宇を見つめると、彼女の白い頬はほんのりと朱色に染まった。
「……からかわないで」
「そんな言い方するなよ、冗談でこんなこと言えるわけないだろ? ……俺の記憶を少しずつ自分のものにしている小泉なら、わかってくれると思ってた」
口から滑り落ちた言葉の酷さで我に返った。あまりにも理不尽な皮肉を口にしてしまったのだ。
「こ、小泉ごめん! 俺、ひどいこと言った……!」
「……わたしこそ、ごめん。相沢くんにはたくさん楽しい記憶を貰ったり、仕事のあとそばにいて貰ったりして、ついつい甘えるクセがついちゃったみたいで……ごめんなさい」
「俺が好きでやっていることだから小泉は気にしなくていいんだ! ……でも」
恭矢はカップを置いて立ち上がった。
「……今日は帰るよ。情けないけど、一緒にいたらもっとひどいことを言ってしまう気がするから」
由宇は恭矢を引き止めなかった。
エイルでバイトをしているときも、些細なことに苛々した。会計を告げてから財布を取り出す客に、自分で商品を探そうともせずすぐに聞いてくる客。普段なら笑顔で対応できることでも、いちいち心がささくれた。そんな恭矢を店長が叱らない理由などなく、恭矢はバックヤードに呼び出された。
「どうした恭矢、最近、お前変だぞ。体調でも悪いか?」
「……別に、なんでもないです」
店長は俺の何を知っているというのか。たかが一年程度の付き合いで保護者面するのはやめてほしい。恭矢の胸中は態度から伝わってしまったようで、店長は溜息を吐いて恭矢にタイムカードを手渡した。
「今日はもう帰れ。次の出勤は明後日だよな? それまでにモチベーションを戻せ。戻らなかったらしばらく休ませるから連絡しろ」
店長の有無を言わさない強制帰還命令に、従うほかなかった。
毎日行くのが当たり前のようになっている雑貨屋に向かって自転車を漕ぎながら、自身の行動の必要性に疑問を感じた。
恭矢は由宇のことを友人として幸せにしたいと思い、由宇の喜ぶ顔が見たくて楽しかった記憶を差し出している。これは自分の意思に違いないはずなのに、どうして――面倒だと思ってしまったのだろう。
しっかりしろ。俺が笑っていないと小泉も笑わない。そう自分に言い聞かせて、恭矢は深呼吸をしてから扉をノックした。
「小泉、お疲れ。今日はどうだった?」
「相沢くんも、お疲れさま。今日は……あ、ごめんね、座って」
由宇は目尻を拭いながら立ち上がり、コーヒーを淹れる準備を始めた。恭矢は定位置となっているソファーに腰掛け、適当に返事をしながら彼女の様子をぼんやりと眺めていた。
目の前に置かれたカップを手に取り、熱い液体を一口飲んだ。相変わらず苦くて、美味しいとは思えない。
「……実はさ、俺コーヒー苦手なんだ」
どうしてそんなことを言ってしまったのだろう。由宇に、自分の隠れた努力を知ってほしかったからだろうか。
「……そうだったの? 相沢くん何も言わずに飲んでいたから、てっきり……気がつかなくてごめんなさい」
由宇は申し訳なさそうに謝った。
「少しでも小泉によく思われたくて、格好つけて見栄張ってたんだよ」
恭矢が由宇を見つめると、彼女の白い頬はほんのりと朱色に染まった。
「……からかわないで」
「そんな言い方するなよ、冗談でこんなこと言えるわけないだろ? ……俺の記憶を少しずつ自分のものにしている小泉なら、わかってくれると思ってた」
口から滑り落ちた言葉の酷さで我に返った。あまりにも理不尽な皮肉を口にしてしまったのだ。
「こ、小泉ごめん! 俺、ひどいこと言った……!」
「……わたしこそ、ごめん。相沢くんにはたくさん楽しい記憶を貰ったり、仕事のあとそばにいて貰ったりして、ついつい甘えるクセがついちゃったみたいで……ごめんなさい」
「俺が好きでやっていることだから小泉は気にしなくていいんだ! ……でも」
恭矢はカップを置いて立ち上がった。
「……今日は帰るよ。情けないけど、一緒にいたらもっとひどいことを言ってしまう気がするから」
由宇は恭矢を引き止めなかった。