自転車に跨った恭矢が時計を確認すると、二十三時前だった。普段よりすっかり遅くなってしまったので青葉が心配しているだろう。

「じゃあな、小泉。また明日」

「あ、あの」

 雑貨屋の外まで送ってくれた由宇に別れを告げると、彼女は何か言いたそうに恭矢を引き止めた。

「どうした?」

「……わたし、コンビニに行く用事を思い出した。途中まで方向一緒だから……」

「じゃあ一緒に行こうか。後ろ、乗る?」

 安心したように頷いた由宇を自転車の後ろに乗せ、恭矢は緩みそうになる頬を必死で抑えつつ、暖かな重みを感じながらペダルを回した。

 星空の下、生ぬるい六月の風は頬に心地良い。恭矢は今が人生で一番幸せかもしれないと思った。

「……仕事をするときに誰かにそばにいてほしいって思ったのは、初めてだった。支倉さんが相沢くんを選んだ理由がわかった気がしたわ」

「え?」

「相沢くんって変なひとだけど、そばにいてくれると安心するから」

 誰かの恋愛の記憶はたくさんもっているくせに、彼女はきっとわかっていない。由宇にこんなことを言われた恭矢が今、どれだけ嬉しいか。恭矢は前方を向いたまま、赤くなった顔を由宇に見られないよう気をつけながら自転車を漕いだ。

「……相沢くん。わたしに、少しだけ時間をください」

 コンビニ近くの公立中学校の前を通ったとき、由宇は言った。恭矢が自転車を停めると由宇は荷台から降り、夜空の下で軽く背伸びをして恭矢の目を見つめた。

「ねえ、わたしの罪を聞いてくれる?」

 恭矢は迷いなく頷いた。

「わたしは昨年、大切なひとの記憶を奪ったの。請け負ったんじゃなくて、奪った。この意味がわかる?」

「……わからない」

「相手が望んでいないのに、わたしが無理やり自分のものにした、ってこと」

 由宇がいつもの穏やかな口調で喋るので、恭矢は彼女の言葉が意味する暴力性をすぐに理解することができなかった。