「お先に失礼します! お疲れ様でした!」

「恭矢ー、来週のシフトなんだけど……」

「すみません明日にしてください! 失礼します!」

 時刻は二十二時五分。恭矢はエイルの店長の言葉を強引に遮り、全速力で由宇のいる雑貨屋まで自転車を走らせた。今までの傾向から予想するに、由宇は最初の十分は依頼者と話をして、彼らが記憶を消したいと思った理由を聞く時間にあてている。

 まだ間に合うはずだ。急げ――!

 雑貨屋の店長に会釈をし、息を切らしながら階段を駆け上がり扉を開くと、驚いた顔をしている瑛二が視界に入った。由宇の様子を窺うと、彼女は恭矢にだけわかるように小さく頷いた。

 間に合ったのだと確信した恭矢は、改めて瑛二に対峙する形で正面に立った。

「……恭矢、なんでお前がここに? つか、お前は〈記憶の墓場〉の正体が小泉だって知っていたのか?」

「そんなことどうでもいい。俺は今ここに、瑛二を説得しに来たんだよ」

 瑛二は明らかに嫌そうな顔をして、「しつけえよ」と顔を背けた。

「俺は瑛二が努力を忘れることに大反対だ。努力をしたからって成功するとは限らないけど、成功したひとは必ず努力しているって聞く。お前がレギュラーになるために頑張った時間は、絶対無駄にならないはずだ」

 恭矢が口にした誰かが生み出した名言が、瑛二の怒りを買うことはわかっていた。予想通り、瑛二は苛立った感情を隠さずに恭矢を睨みつけた。

「うるせえな! 綺麗事なんか聞きたくねえよ! 皆そう言うんだよ! でも結局世の中は才能が一番大事だろ!? ゼロに何をかけてもゼロって、それこそ有名な話じゃねえか!」

「才能がないなんて、自分で決めつけるなよ!」

「黙れよ! 恭矢に何がわかる!?」

「悩むことをやめんのは確かに楽だよ! でもお前には、それをやってほしくねえんだよ!」

「はあ? 勝手なこと言うじゃねえか。だったらさあ、もし今からまた努力をして、レギュラーになれなかったら? それに懸けてきた時間や情熱はどこにいく? 高校生活なんて三年間しかないんだ! 無駄になって後悔するのは嫌なんだよ!」

 そのとき、恭矢の脳裏に小学校のときの記憶が蘇った。友達に連れられて野球部に見学にいったときの記憶だ。

 恭矢は野球部に入りたいと思った。しかし貧乏な家庭事情を考えると、道具代や遠征代で金がかかる部活動をやるのは難しいと思った。

 瑛二の悩みが贅沢なものに思えた恭矢は、嫉妬から頭に血が昇った。