放課後、練習のために誰よりも早く瑛二は教室を出ていった。借りていたノートを返し忘れていたことに気がついて体育館へ足を運ぶと、シュート練習に励む瑛二と山崎の姿があった。
真剣な瑛二に声をかけて邪魔してしまうことが躊躇われ、恭矢は踵を返すことにした。自転車置き場で愛車を引っ張り出して前方を見たとき、下校途中の由宇を発見し偶然の遭遇に心が躍った。
「小泉!」
支倉との接触事故未遂が脳をよぎり、きちんと周りを見渡してから慎重に自転車を押しつつ声をかけた。恭矢の声に反応して微笑んだ由宇を見て、はしゃぐ犬のような足取りで彼女のもとへ走った。
「今帰り? これから雑貨屋行くの?」
「今日はひとに会う用事があるから、行かない日。相沢くんは早く教室を出ていったのに、まだ学校にいたんだね」
「瑛二にノートを返そうと思って体育館に寄ったんだよ。でも集中しているところで邪魔するのも悪いと思って、引き返してきた」
「新谷くんがバスケ部の練習を頑張っていることは、わたしにもわかるわ。来月からインターハイの県内予選だもんね。試合、出られるといいよね」
由宇が今から誰と会うのか聞く勇気はなかったけれど、駅まで一緒に歩くことは許されたようだ。
「……小泉はさ、俺がマニキュア塗っているとしたら、どの指が一番綺麗に塗れていると思う?」
浮かれていた恭矢はつい好奇心が抑えられずに、歩きながら由宇に右手を見せた。
「相沢くんにマニキュア? うーん……人指し指かなあ」
「まじで? ふ、ふうん、そうかあ」
テクニック重視。由宇の清楚な外見とのギャップに興奮を覚えた恭矢だったが、顔に出さないように努めた。
「えーっと、人指し指はテクニック……だったっけ?」
「……へ?」
背中に冷や汗が滲みつつある恭矢の心境など露知らず、由宇はにっこりと笑って告げた。
「以前記憶を奪ったひとの中に、この心理テストを知っていた方がいたみたい。ごめんね、面白いリアクションができなくて」
下心まるだしの質問に対するその返答に、恭矢は降参するしかなかった。
由宇は癖なのか、一緒に歩いている最中に時折薬指で耳に髪をかき上げていた。その仕草にどこか親近感を覚えた理由は、彼女が詰まったような変わったくしゃみをしたときに判明した。
「あ、わかった。小泉って、俺の幼馴染と似てるかもしんない」
「幼馴染? いいわね。わたしにはいないから憧れる。ね、相沢くんの幼馴染って、どんな女の子?」
「まあ……控えめに言って、可愛いよ。料理も上手だし」
「ぜんぜん謙遜してないじゃない。相沢くんは果報者ね」
「小泉、バイト先のおばちゃんと同じこと言ってるよ」
恭矢が想い人の前で青葉の話をしたのは、青葉の存在を知っていてほしかったからだ。なんとなく、青葉の存在を隠して恋愛するなんてやってはいけない気がしたのだ。
いつかは青葉にも由宇の存在を知ってもらいたいと思う。話さなければいけないのに先延ばしにしているのは、恭矢の臆病以外に理由はないけれど。
「……ねえ。相沢くんはその幼馴染の子とセックスしてるの?」
「え、ええ!?」
由宇の口から出た言葉の衝撃で思考回路を完全に壊されてしまった恭矢は、ただただ言葉に詰まりながら必死に否定することしかできなくなってしまった。
「し、し、してないよ! すごく大切な子だけど、そういう関係じゃないから!」
「したいとは思わない?」
「ちょ、ぐいぐいくるね!? もうこの話は終わり! 小泉には似合わないって!」
恭矢がわかりやすくこの話題から逃げると、由宇もこれ以上突っ込んでは来なかった。
「あー、ビックリした。やましいことなんてないのに、寿命が縮んだ気がするわ……小泉が俺に興味を持ってくれていることはわかったけどさ」
少しくらい仕返ししてやろうと思ったものの、
「相沢くんはわたしのこと、全然知らないよね」
綺麗なカウンターを食らった恭矢は、肩を落としてうな垂れた。
真剣な瑛二に声をかけて邪魔してしまうことが躊躇われ、恭矢は踵を返すことにした。自転車置き場で愛車を引っ張り出して前方を見たとき、下校途中の由宇を発見し偶然の遭遇に心が躍った。
「小泉!」
支倉との接触事故未遂が脳をよぎり、きちんと周りを見渡してから慎重に自転車を押しつつ声をかけた。恭矢の声に反応して微笑んだ由宇を見て、はしゃぐ犬のような足取りで彼女のもとへ走った。
「今帰り? これから雑貨屋行くの?」
「今日はひとに会う用事があるから、行かない日。相沢くんは早く教室を出ていったのに、まだ学校にいたんだね」
「瑛二にノートを返そうと思って体育館に寄ったんだよ。でも集中しているところで邪魔するのも悪いと思って、引き返してきた」
「新谷くんがバスケ部の練習を頑張っていることは、わたしにもわかるわ。来月からインターハイの県内予選だもんね。試合、出られるといいよね」
由宇が今から誰と会うのか聞く勇気はなかったけれど、駅まで一緒に歩くことは許されたようだ。
「……小泉はさ、俺がマニキュア塗っているとしたら、どの指が一番綺麗に塗れていると思う?」
浮かれていた恭矢はつい好奇心が抑えられずに、歩きながら由宇に右手を見せた。
「相沢くんにマニキュア? うーん……人指し指かなあ」
「まじで? ふ、ふうん、そうかあ」
テクニック重視。由宇の清楚な外見とのギャップに興奮を覚えた恭矢だったが、顔に出さないように努めた。
「えーっと、人指し指はテクニック……だったっけ?」
「……へ?」
背中に冷や汗が滲みつつある恭矢の心境など露知らず、由宇はにっこりと笑って告げた。
「以前記憶を奪ったひとの中に、この心理テストを知っていた方がいたみたい。ごめんね、面白いリアクションができなくて」
下心まるだしの質問に対するその返答に、恭矢は降参するしかなかった。
由宇は癖なのか、一緒に歩いている最中に時折薬指で耳に髪をかき上げていた。その仕草にどこか親近感を覚えた理由は、彼女が詰まったような変わったくしゃみをしたときに判明した。
「あ、わかった。小泉って、俺の幼馴染と似てるかもしんない」
「幼馴染? いいわね。わたしにはいないから憧れる。ね、相沢くんの幼馴染って、どんな女の子?」
「まあ……控えめに言って、可愛いよ。料理も上手だし」
「ぜんぜん謙遜してないじゃない。相沢くんは果報者ね」
「小泉、バイト先のおばちゃんと同じこと言ってるよ」
恭矢が想い人の前で青葉の話をしたのは、青葉の存在を知っていてほしかったからだ。なんとなく、青葉の存在を隠して恋愛するなんてやってはいけない気がしたのだ。
いつかは青葉にも由宇の存在を知ってもらいたいと思う。話さなければいけないのに先延ばしにしているのは、恭矢の臆病以外に理由はないけれど。
「……ねえ。相沢くんはその幼馴染の子とセックスしてるの?」
「え、ええ!?」
由宇の口から出た言葉の衝撃で思考回路を完全に壊されてしまった恭矢は、ただただ言葉に詰まりながら必死に否定することしかできなくなってしまった。
「し、し、してないよ! すごく大切な子だけど、そういう関係じゃないから!」
「したいとは思わない?」
「ちょ、ぐいぐいくるね!? もうこの話は終わり! 小泉には似合わないって!」
恭矢がわかりやすくこの話題から逃げると、由宇もこれ以上突っ込んでは来なかった。
「あー、ビックリした。やましいことなんてないのに、寿命が縮んだ気がするわ……小泉が俺に興味を持ってくれていることはわかったけどさ」
少しくらい仕返ししてやろうと思ったものの、
「相沢くんはわたしのこと、全然知らないよね」
綺麗なカウンターを食らった恭矢は、肩を落としてうな垂れた。