気になって仕方のない女の子がいる。というより、好きだと言ってもいい。

 高校生活二年目の春。相沢恭矢(あいざわきょうや)は始業式のその日から、新しいクラスメイトとなった小泉由宇(こいずみゆう)に視線を奪われていた。

 彼女の特徴だけ簡単に述べれば、穏やかで大人しい子といえる。特定の誰かと特別に仲がいいわけではないけれど、誰からも嫌われることもない。

 長い睫毛に守られた大きな瞳と艶のある唇、横顔を美しく見せる鼻筋のバランスを考えるにかなり整った容姿をしているのに、制服も着崩さず髪も地味に一つに纏めるだけで地味な雰囲気を漂わせる彼女は、もし同じクラスにならなければ存在を知ることはなかっただろう。

 恭矢は毎日、由宇のことを不自然にならないよう注意を払いつつ見つめていた。彼女と偶然話すきっかけがあれば心の中で小躍りをして、ないときは必死に話題を探して話しかけている。恭矢の涙ぐましい努力のうえに成り立つ二人の関係は、四月も終わりの今日まで変動することはなかった。

 今日もまた、そんな代わり映えのない一日が終わりそうである。窓際の席に存在を隠すようにして日誌を書いている由宇に、話しかけたくて仕方なかった恭矢が話の種に選んだのは、彼のポケットに入っていた小さな包装であった。

「小泉、日直お疲れさま。これ食べて頑張ってな」

 なんの脈絡もなしに恭矢が差し出したミルク味の飴を見た由宇は、きょとんとした顔をしつつもすぐに微笑んでくれた。

「ありがとう相沢くん。噛まないようにゆっくり頂くね」

 飴を取る際に恭矢の手のひらに由宇の柔らかい指が触れた。こんな小さいことでにやけそうになった恭矢は気持ち悪がられないよう必死に平静を装った。

 ここで満足してはいけない。優しい表情で無難な回答をしつつも、会話を続ける気も親しくなる気もない由宇の対応にはもう慣れている。恭矢は由宇ともっと仲良くなりたいという大きな目標を持っているため、二人の距離を縮めていくためにも、すぐに引き下がるわけにはいかないのだ。

「俺、駅前のエイルってスーパーでバイトしてるんだけどさ、毎週木曜日はお菓子が一割引だからお得なんだ」

「そうなんだ、今度行ってみる。相沢くんに気がついたら声かけるね」

 由宇の返事はどう考えても建前だった。むしろ、恭矢がいるという情報を得たことでエイルを避けるようになるだろう。

 内心焦りながらも、恭矢は会話を続けるために励む。

「小泉って部活やってないよな? バイトとかもしてないの?」

「してないよ。家の手伝いがあるから」

「家の手伝いかー。小泉んちって自営業なんだ? 飲食店とか?」

「ごめん相沢くん、わたし、日誌書いたらすぐに帰らないといけなくて……本当にごめんね」

 暗に「邪魔だ話しかけるな」と言われてしまうと、引かざるを得ない。恭矢は苦笑いで謝り、教室を出て行った。

 もっと上手く話ができていたら、もう少し長く会話ができたかもしれない。明日も絶対話しかけようと、恭矢はおそらく由宇が望まないであろう決意を固めた。