目を覚ました西野は、自分の元彼女のことを綺麗に忘れていた。

「俺、なんでここにいるんだっけ? ……まあ、いいや。それよりあんた可愛い顔してんね? これから出かけない?」

「西野さんは雑貨屋に来ていたお客さんで、このひとは倒れたあなたを介抱してあげただけです! 元気になったなら早く帰った方がいいっすよ!」

 起き抜けにもかかわらず息をするように由宇をナンパする西野に、恭矢はわざとらしい笑顔と冷ややかな説明口調で帰宅を促した。

「そうだっけ? ……つかお前、相沢じゃん! 何? ここで何してんの?」

「どーも、昨日はお世話になりました」

「なんだよお前、彼女いるじゃねえか。で、もうセックスしたのか? 高校生だったらヤリまくりだろ? ムッツリ野郎だな~!」

「な、なんてこと言うんですか! 俺とこの子はそんなんじゃないっすから!」

「照れんなよおー童貞くせえぞ? んじゃ、退散してやるか。邪魔したな」

 弁解の声を浴びせる暇もなく、手をひらひらとさせて西野は去って行った。

 その後、恭矢はなかなか由宇と目を合わせられなかった。

「あ、あのさあ小泉!」

「……わたしは彼の記憶を奪ったからわかるんだけど、あんな軽い感じの男のひとでもたくさん悩んで、彼女のことを大事にしようと努力したの。……ひとは見かけによらないよね」

 由宇は西野の発言は気にしていないようだ。恭矢はほっと胸を撫で下ろした。

「男は誰でも好きになった女の子を大切にしようと足掻くんだよ。恋愛って、そんなに悪いことじゃないと思わない?」

「……相沢くんも、好きになった女の子を大切にするの?」

 恭矢の顔をじっと見つめながらそう問いかけた彼女は心臓が飛び出るくらい可愛くて、思わず赤面しながら宣言していた。

「めちゃくちゃ大事にするよ! 小泉が記憶を奪っても、忘れられないくらいに!」

 小泉由宇の寂しそうな横顔も、時々見せるとびっきりの笑顔も、柔らかい雰囲気も、垣間見せる毒舌も、誰よりも大切にしたいと思った。この手で幸せにしてあげられたなら、それはとても幸せなことに違いない。

 恭矢の根拠のない言葉に対して、由宇は目を細めた。

「わたしに奪えない記憶なんてないわ。でも……そんな恋ができたらきっと、素敵に違いないわね」