翌日、バイトが終わった後で雑貨屋に足を運ぶと、
「「あ」」
目が合った恭矢と依頼主は同時に声をあげた。今日の由宇の客――記憶を消したいと望む依頼主は、西野だったのだ。
「西野さんと相沢くんは、お知りあいだったのですか?」
「ああ、バイトで世話になってるよ」
昨日出会ったばかりなのに知り合いというのもおかしな感じがしたが、西野がそう言ってくれたことを恭矢は嫌だとは思わなかった。
だが、西野が恋人のことを忘れたいと思ってここに来たということは、
「……彼女さんとは、上手くいかなかったんですか?」
「……ああ、駄目だったわ。あいつ、イイ女だから未練はあるけどな……やっぱ俺、浮気はどうしても許せねえんだ」
西野は右手の薬指からシルバーの指輪を抜き取った。
「んじゃ、頼むぜ〈記憶の墓場〉さん。俺の記憶から、あいつのことを綺麗サッパリ消しちまってくれよ」
「わかりました。それでは、あなたの望むようにわたしは〈記憶の墓場〉としてあなたから思い出を奪います。もう二度と、あなたは積み重ねて来たモノを思い出すことはありません。それでも?」
「何度も言わせんな。早くやってくれ」
西野の強がった笑顔を見た由宇は「失礼しました」と告げてから、そっと指輪に口付けをした。いつものように『奪われる側』の西野は意識を失って眠りにつき、由宇は苦渋に顔を顰めた後で涙した。
「小泉、大丈夫……?」
声をかけると、由宇は恭矢の右手を強く握った。突然訪れた柔らかさに心拍数が跳ね上がる。左手で握り返した方がいいのか? いきなり握ったら気持ち悪いか? と、恭矢が脳味噌をこねくり回していると、
「……恋をすることで、こんなに辛い気持ちになるのなら……わたしにはできる気がしない。どうして皆、辛いってわかっていて恋をするんだろう?」
由宇が涙を流して辛い表情をしていることからもわかるように、西野が経験した恋は、楽しいことよりも辛いことの方が大きかったのだろう。悲観的な由宇の言葉を聞いた恭矢は、彼女の手を強く握り返すことを選択した。
「……恋ができるか、できないかは自分が決めることじゃない。好きになったひとが、そうさせるんじゃないかな」
記憶を重ねるだけで、まだ自ら経験をしてもいない由宇がそんな悲しいことを口にするのが嫌で、恭矢はつい気障ったらしいことを口にしてしまった。
恭矢が由宇に対して抱く、「気になる」「好かれたい」「好きになってほしい」「もっと一緒にいたい」という気持ちを恋と呼んでいいのなら、それを辛いことだとは思ってほしくなかったのだ。
由宇の瞳を見つめる。「俺が小泉を好きになったように」、と続けられるほどの度胸はまだ足りなかったが、嘘を言ったつもりはない。
――小泉が俺に、恋をしてくれたなら。
そんな願望を込めて口にした言葉は彼女の涙を中途半端に止めてしまって、由宇はそれから西野が目を覚ますまで口を開かなかった。
「「あ」」
目が合った恭矢と依頼主は同時に声をあげた。今日の由宇の客――記憶を消したいと望む依頼主は、西野だったのだ。
「西野さんと相沢くんは、お知りあいだったのですか?」
「ああ、バイトで世話になってるよ」
昨日出会ったばかりなのに知り合いというのもおかしな感じがしたが、西野がそう言ってくれたことを恭矢は嫌だとは思わなかった。
だが、西野が恋人のことを忘れたいと思ってここに来たということは、
「……彼女さんとは、上手くいかなかったんですか?」
「……ああ、駄目だったわ。あいつ、イイ女だから未練はあるけどな……やっぱ俺、浮気はどうしても許せねえんだ」
西野は右手の薬指からシルバーの指輪を抜き取った。
「んじゃ、頼むぜ〈記憶の墓場〉さん。俺の記憶から、あいつのことを綺麗サッパリ消しちまってくれよ」
「わかりました。それでは、あなたの望むようにわたしは〈記憶の墓場〉としてあなたから思い出を奪います。もう二度と、あなたは積み重ねて来たモノを思い出すことはありません。それでも?」
「何度も言わせんな。早くやってくれ」
西野の強がった笑顔を見た由宇は「失礼しました」と告げてから、そっと指輪に口付けをした。いつものように『奪われる側』の西野は意識を失って眠りにつき、由宇は苦渋に顔を顰めた後で涙した。
「小泉、大丈夫……?」
声をかけると、由宇は恭矢の右手を強く握った。突然訪れた柔らかさに心拍数が跳ね上がる。左手で握り返した方がいいのか? いきなり握ったら気持ち悪いか? と、恭矢が脳味噌をこねくり回していると、
「……恋をすることで、こんなに辛い気持ちになるのなら……わたしにはできる気がしない。どうして皆、辛いってわかっていて恋をするんだろう?」
由宇が涙を流して辛い表情をしていることからもわかるように、西野が経験した恋は、楽しいことよりも辛いことの方が大きかったのだろう。悲観的な由宇の言葉を聞いた恭矢は、彼女の手を強く握り返すことを選択した。
「……恋ができるか、できないかは自分が決めることじゃない。好きになったひとが、そうさせるんじゃないかな」
記憶を重ねるだけで、まだ自ら経験をしてもいない由宇がそんな悲しいことを口にするのが嫌で、恭矢はつい気障ったらしいことを口にしてしまった。
恭矢が由宇に対して抱く、「気になる」「好かれたい」「好きになってほしい」「もっと一緒にいたい」という気持ちを恋と呼んでいいのなら、それを辛いことだとは思ってほしくなかったのだ。
由宇の瞳を見つめる。「俺が小泉を好きになったように」、と続けられるほどの度胸はまだ足りなかったが、嘘を言ったつもりはない。
――小泉が俺に、恋をしてくれたなら。
そんな願望を込めて口にした言葉は彼女の涙を中途半端に止めてしまって、由宇はそれから西野が目を覚ますまで口を開かなかった。