帰りに由宇のいる雑貨屋に足を運ぶと、コーヒーを淹れてくれた彼女は言った。
「指輪を持ってくるひとは多いよ。やっぱり、恋愛って難しいんだろうね」
恭矢は今日もまた苦手なコーヒーを格好つけて喉の奥に流し込み、無理して「美味いよ」と口にする。
「そうなんだ。てか、ずいぶん他人事みたいに話すね……そういえばさあ、小泉は彼氏とかいないの?」
日に日に由宇に対する恋慕の情が増えている自分に気がついていた恭矢は、平静を装いつつも内心は緊張しながら聞いてみた。
「いないわ。でも誰かを好きになって、好きになってもらって、それでいて忘れたいくらい辛い気持ちになるのなら……最初から好きにならなければいいのにと思う」
由宇が本当に自然に、無意識に吐いたのであろう言葉を恭矢は寂しく思った。彼女はたまに、驚くほど冷たい一面を見せる。
「それは自分が経験したわけじゃなくて、誰かの記憶から経験した気持ちなの?」
「うん。政治家との不倫も同性愛も、もうわたしの記憶として存在しているから」
実体験をしていないというのに、恋をしたという記憶だけ存在しているなんてややこしい話だ――と、そこまで考えてハッとした。
もし小泉由宇が人の記憶を「奪って」自分のものにできるのであれば、確認しておかなければならないことがある。
「……たとえばの話なんだけど、俺がちょっと、ちょびっとだけ、エロいこととか考えるとするじゃん? その妄想を覚えているうちに小泉に奪われたとしたら、その妄想は小泉のものになるってこと?」
由宇が人の恋愛経験すら自分のものにできるのであれば、片想いは勿論――一方的な好意に伴う痛い妄想も、知られる可能性があるということだ。
それはマズイ。知られたら恭矢はもう、生きていけない。
「妄想してるの?」
「いや、たとえばの話だよ!?」
由宇はどこかからかいを含有した笑みを浮かべて、
「そうね、わたしのものになるわ。だからもし相沢くんがわたしでエッチなことを考えたのであれば、わたしはわたし自身に欲情した変態になっちゃうかな」
それはそれで有りかもしれないと思った恭矢だったが、軽蔑されかねないこの気持ちは墓場まで持っていこうと誓った。
「し、してないよ! じゃなくて、しないよ! へ、変なこと言わせてごめんな。説明してくれてありがとう! きょ、今日はあんまり遅くなりすぎないうちに帰ろうかな!」
強引に話を終わらせた恭矢を見て、由宇はくすりと笑った。
「わたしは仕事以外で人の記憶を奪うようなことはしないから、安心して。それより、相沢くんはいつもバイトしてるね。体、辛くない?」
「ああ、大丈夫だよ。体力には自信あるから!」
「無理だけはしないでね。高校生が過労で倒れるなんて、ニュースで見るのは嫌だから」
由宇に労われるなんて頑張っている甲斐があるというものだ、と恭矢は感動した。
「それで、その……こんなことを言っておいて言い辛いんだけど……相沢くんがここに来る直前に依頼が入ったの。若い男のひとで、恋人のことを忘れたいと言っていたわ」
由宇が依頼主の情報を自分から話したのは初めてだった。恭矢は彼女の意図と感情を必死に推理し、おそるおそる聞いてみた。
「俺、明日バイト早く終わるはずだからさ……立ち会ってもいいかな?」
由宇は静かに頷いた。彼女も辛い思いをするときには、誰かに近くにいてほしいと思っているということだろう。
強がっていた彼女が見せた一面に、恭矢は安堵の気持ちと胸の痛みを同時に覚えた。
「指輪を持ってくるひとは多いよ。やっぱり、恋愛って難しいんだろうね」
恭矢は今日もまた苦手なコーヒーを格好つけて喉の奥に流し込み、無理して「美味いよ」と口にする。
「そうなんだ。てか、ずいぶん他人事みたいに話すね……そういえばさあ、小泉は彼氏とかいないの?」
日に日に由宇に対する恋慕の情が増えている自分に気がついていた恭矢は、平静を装いつつも内心は緊張しながら聞いてみた。
「いないわ。でも誰かを好きになって、好きになってもらって、それでいて忘れたいくらい辛い気持ちになるのなら……最初から好きにならなければいいのにと思う」
由宇が本当に自然に、無意識に吐いたのであろう言葉を恭矢は寂しく思った。彼女はたまに、驚くほど冷たい一面を見せる。
「それは自分が経験したわけじゃなくて、誰かの記憶から経験した気持ちなの?」
「うん。政治家との不倫も同性愛も、もうわたしの記憶として存在しているから」
実体験をしていないというのに、恋をしたという記憶だけ存在しているなんてややこしい話だ――と、そこまで考えてハッとした。
もし小泉由宇が人の記憶を「奪って」自分のものにできるのであれば、確認しておかなければならないことがある。
「……たとえばの話なんだけど、俺がちょっと、ちょびっとだけ、エロいこととか考えるとするじゃん? その妄想を覚えているうちに小泉に奪われたとしたら、その妄想は小泉のものになるってこと?」
由宇が人の恋愛経験すら自分のものにできるのであれば、片想いは勿論――一方的な好意に伴う痛い妄想も、知られる可能性があるということだ。
それはマズイ。知られたら恭矢はもう、生きていけない。
「妄想してるの?」
「いや、たとえばの話だよ!?」
由宇はどこかからかいを含有した笑みを浮かべて、
「そうね、わたしのものになるわ。だからもし相沢くんがわたしでエッチなことを考えたのであれば、わたしはわたし自身に欲情した変態になっちゃうかな」
それはそれで有りかもしれないと思った恭矢だったが、軽蔑されかねないこの気持ちは墓場まで持っていこうと誓った。
「し、してないよ! じゃなくて、しないよ! へ、変なこと言わせてごめんな。説明してくれてありがとう! きょ、今日はあんまり遅くなりすぎないうちに帰ろうかな!」
強引に話を終わらせた恭矢を見て、由宇はくすりと笑った。
「わたしは仕事以外で人の記憶を奪うようなことはしないから、安心して。それより、相沢くんはいつもバイトしてるね。体、辛くない?」
「ああ、大丈夫だよ。体力には自信あるから!」
「無理だけはしないでね。高校生が過労で倒れるなんて、ニュースで見るのは嫌だから」
由宇に労われるなんて頑張っている甲斐があるというものだ、と恭矢は感動した。
「それで、その……こんなことを言っておいて言い辛いんだけど……相沢くんがここに来る直前に依頼が入ったの。若い男のひとで、恋人のことを忘れたいと言っていたわ」
由宇が依頼主の情報を自分から話したのは初めてだった。恭矢は彼女の意図と感情を必死に推理し、おそるおそる聞いてみた。
「俺、明日バイト早く終わるはずだからさ……立ち会ってもいいかな?」
由宇は静かに頷いた。彼女も辛い思いをするときには、誰かに近くにいてほしいと思っているということだろう。
強がっていた彼女が見せた一面に、恭矢は安堵の気持ちと胸の痛みを同時に覚えた。