ティッシュを配り終えて段ボールを片付けていると、男がやって来た。

「お疲れ様でしたー」

 声をかけると、男は恭矢に缶のお茶を手渡してきた。

「……やるよ。俺は西野(にしの)。お前は?」

「いいんですか? 俺は相沢です。あざっす!」

 あっさりと奢りの飲み物につられた恭矢が喉を鳴らしてお茶を一気飲みしている最中、西野は誰かに電話をかけていた。

「おう、俺。バイト終わったから今からお前んち行くわ。……あ? なんでよ。……まさか浮気してんじゃねえだろうな? ……あ? 誰だお前? おい、喧嘩売ってんのか!?」

 手持ち無沙汰だった恭矢の耳に、西野の通話内容が聞こえてくる。西野の態度や言葉から察するに、穏やかではない様子であった。

「ふざけんなよてめえ! 今から行くからな! 逃げんじゃねえぞ! ボケ!」

 西野は暴言を吐いて電話を切ると、近くにあったゴミ箱を豪快に蹴飛ばした。恭矢が黙って散らばったゴミを片付けていると、

「……わりい」

 無愛想にだが、意外にも西野は謝ってきた。

「いいっすよ」

「……実はここんとこ、連れと上手くいってなくてよ。ちょっと放置していたらすぐ浮気しやがった。女ってのは怖えよ」

 同意を求められ一応相槌を打ったものの、恭矢にとって一番身近な女である青葉には男っ気がまるでないので、よくわからなかった。

 むしろ一日のほとんどを恭矢の家で過ごしている青葉に彼氏がいたなら驚きである。もし青葉に彼氏ができたなら玲や桜が嫁に行くような心境で寂しいなと、恭矢は我儘で自己中心的な思考を巡らせた。

「んで、お前は彼女いんの?」

「欲しいんですけどね、いませんよ」

 恭矢の同意を得ずに西野は煙草に火を点けた。

「……あいつには俺だけを見ていてほしくてさ、ちょっかいかけてくる男はボコボコにしてきた。束縛も相当やったけど、その分俺も尽くしてきたんだよ。……あーあ、俺は俺なりに全力で愛したつもりだったんだけどな。今にして思えば、きっとそういうのが悪かったんだろうな」

 西野は見た目こそとても軽そうに見えるが、意外にも一途なひとだと思った。さっきのお爺さんにも言葉遣いこそ悪かったものの、黙っていれば手に入ったお金を受け取らなかった。恭矢は西野に少しずつ好感を抱いてきた。

「ま、もしお前に大切にしたい女がいるんだったら大事にしてやれよ? 面倒くせえけど、女ってのはイイもんだからさ。って、俺に言われたくねえよな」

「いや、参考になるっす」

 おだて八割の恭矢の返答に西野は気をよくしたのか、

「相沢、お前たまにここでバイトしてるんだろ? 俺は週末働いているからよ、なんかあったら言ってくれ。変な野郎が来たらぶっとばしてやるよ」

 そう言って笑い胸を叩いた。西野の右手の薬指には、彼女とのペアリングであろう指輪が輝いていた。