ティッシュ配りのアルバイトは期間限定かつ、運要素の強い博打になる。

 夏だと倒れそうなくらい暑く、冬だと凍死すると思うほどに寒い。ゆえに、春から夏にかけての季節に働くのが賢いと考えている恭矢は、この時期の土日は積極的にティッシュ配りのアルバイトに励むようにしていた。

 運要素が強いというのは、一緒にやるパートナーによって被るストレスに差があるからである。この仕事は基本的に二人一組でやらされるのだが、恭矢が登録している派遣バイトは服装規定がなく、そもそも採用面接すらやらないこともある。そのため、真面目なひともたくさんいるものの、どう考えても普通の飲食店で雇ってもらえないようなひとも少なくはない。

 ちなみに、今日の恭矢のパートナーは最悪の一例に該当している。

「なあ、俺の分も配っといてよ。俺今日体調悪くてさ、立ってんのが辛えんだ」

 金色に染めた毛髪を無造作に伸ばし、耳に穴がたくさん空いているその男はヘラヘラと笑いながら、自分のノルマ分のティッシュが詰められた段ボールを恭矢の近くに置いた。

「……お兄さんさあ、さっきまで煙草吸いながら楽しそうに電話していたじゃないですか。だったらティッシュ配りくらい余裕ですよ。頑張ってくださいねー」

 恭矢がわざとらしい笑顔を作りながら適当にあしらおうとすると、男は舌打ちして恭矢の前に立った。

「なんだお前? 俺を誰だと思ってんの? ああ?」

 至近距離が鬱陶しいことこの上ない。

「面倒くさいひとですね。別にいいですよ? あんたのノルマを俺が配っても。ただ、あんたが給料分の仕事をしなかったことはしっかり報告させてもらいますけどね。多分あんた、もうここじゃ仕事できなくなりますよ」

 積極的にシフトに入り休んだこともなく、ノルマ以上の仕事をこなしている恭矢が派遣先の上司から気に入られている自信があったからこそ言えた台詞だった。

 男は恭矢を殴ろうとしたようだったが、脳を回転させて得にならないと判断したのか、乱暴に恭矢を突き飛ばして段ボールを持っていった。

 恭矢が由宇の秘密を知ってから、二週間が経っていた。

 バイトの合間を縫って足繁く雑貨屋に通い、彼女が〈記憶の墓場〉と呼ばれる仕事をするのを見ていて知ったのは、由宇の元を訪れるひとは性別も年齢も様々だが、皆が辛くて忘れたい記憶を持ってくるということだ。

 由宇はその都度涙を流していた。彼女の泣き顔はいつだって、恭矢の胸を痛めた。

「あ? なんだよ爺ちゃん、これはタダで配ってんだよ」

 由宇のことを考えている間に、どうやらパートナーがお爺さんに捕まったようだった。

「だから、いらねえって言ってんだろ! あっち行ってくれよもう!」

「タダで貰ったものに金を払わないなんて、ヤクザのすることじゃい! いいから受け取りなさい!」

 お爺さんは拒否する金髪男にお金を渡そうと躍起になっていた。

「お爺さん、これは僕らがみんなに使ってほしくてあげているものなんです。だからお金は必要ありませんよ」

 見かねた恭矢がフォローに入ったものの、お爺さんはまるで納得してくれなかった。

「馬鹿言うんじゃない! こんな見ず知らずの老人にただでものをやる奴がおるか! あとで恐喝するつもりなんだろう!」

 ポケットティッシュ一つで恐喝できたら、恭矢はとっくにチンピラである。悩んだ恭矢は、咄嗟にお爺さんのポケットに入っていた物に目をつけた。

「じゃあ、お爺さんの持っているそのチラシと、このティッシュを交換してくれませんか?」

「ん? このホームセンターの特売チラシか?」

「はい。僕、前からそのチラシが欲しかったんです。駄目ですか?」

 交渉が成功し、無事にお爺さんと物々交換と別れの挨拶を済ませた恭矢が再び段ボールからティッシュを取り出していると、男が肩を掴んできた。

「待て、お前なんなんだ。あっさり面倒くさいジジイを撃退してよお」

「お歳を召した方って、馬鹿にされている雰囲気を極端に嫌がるんです。だからあんたみたいに乱暴な言葉遣いは問題外ですね。法に触れていることをしていない限り、どんなときも尊敬の心を持って接してあげてください。……ていうか、手離してください。さっさと終わらせますよ」

 男が反論してくる前に、恭矢はティッシュ配りを再開した。