「わたしには、ひとの記憶を自分のものにする力があるの。わたしに記憶を奪われたひとはもう二度と奪われた記憶を思い出すことはない。恥ずかしいニックネームみたいなものなんだけど、わたしはこの世界では〈記憶の墓場〉って呼ばれているわ」

「こ、この世界? 〈記憶の墓場〉?」

「簡単に言えば、公にはされていない裏の仕事を請け負う世界のこと。あの事件をどうしても忘れたい、覚えていると生きているのが辛いとか、未来に希望が見出せないとか、わたしはそういうひとを手助けする仕事をしているわ」

「……裏の仕事……。つ、つまり、小泉は依頼してくるひとが持ってくる物から記憶を読みとって、自分のものにしているってこと?」

「ええ、そうよ」

「それって、思い出の物が何か一つでもあれば記憶を奪えるの?」

「忘れたい記憶と一番結びつきが強い媒体があれば楽に仕事ができるってだけで、本人に口付けることでも記憶を奪うことはできるわ。その場合、わたしが奪う記憶を選択しなくちゃいけなくなるから、もっと時間をかけて忘れたい記憶の詳細を聞いて、依頼者の心理を理解しなくちゃいけない。この方法はリスクも時間もかかるから、普段の仕事では使わないけどね」

 信じがたい子どもの妄想のような話ではあったが、この目で見た支倉の様子を振り返ると嘘だと思えなかった。

「そうか……だから支倉さん、何も覚えていなかったのか」

「……相沢くんって面白いね。わたしのこと、虚言癖のある痛い女だと思わないの?」

「小泉は嘘を吐いていないんだから、そんなこと思わないよ」

「……そう」

 由宇はしばしの沈黙の後、ゆっくりと語り出した。

「支倉さんはね、二十四歳で出産したの。子どもを産むことに反対したご両親とは半ば絶縁みたいな感じになっちゃって、大変だったみたい。でも彼も産んでほしいって言っていたし、支倉さんは彼を愛していたから、堕胎するなんて考えもしなかった」

 支倉の体験した記憶は、既に請け負った小泉のものとなっているのだ。恭矢は唾を飲み込んだ。

「女の子を産んだの。彼によく似た、笑顔の可愛い子だった。だけど、一歳になる前……本当に急に、あの子は逝ってしまった」

 そこまで話した由宇は言葉を詰まらせ、その瞳に再び涙を浮かべていた。

「あの子……星羅がいなくなってから、すべてが変わってしまった。お互い支え合わなきゃいけないのに……彼と一緒にいるとどうしてもあの子のことを思い出して、泣いてしまうの。喧嘩が増えて、お互いを傷つけ合うばかりになってしまった。もう一緒にいてはいけない。二人でいたらどんどん駄目になると思って……二人で何度も話し合って、別れを決めたの」

「だから、忘れようとした……?」

「『わたし』は、もう泣きたくなかった。前に進みたかった。だけど、わたしには自分の意思であの子を忘れることなんて、できなかった……!」

 由宇はきっと気づいていないだろう。第三者の立場で話していた彼女の一人称が『わたし』となっていることを。

 まるで、自分が経験したかのように語っていることを。