季節は十二月だった。

 恭矢が暮らしているのは雪国として全国にその名を轟かせる街だ。冬の寒さは厳しく、老若男女問わず雪かきに駆り出される。彼は十六年この街で生きていて、冬が楽しいなんて思ったことは記憶にない。

 そんなある冬の一日に、恭矢は少女と話す機会を得た。

 陽はとっくに沈んでいて、街灯の灯りだけが目の前の少女を照らしている。こうして話すのは初めてだけれど、どこか儚げな印象を持つ少女だと思った。

「……よかった。これでわたし、心置きなく奪えるわ」

 少女が口にした言葉の意味を、恭矢は理解できなかった。

「えっと……俺、家が貧乏で金はあんまり持ってないんだ。でも君が……この先彼女に関わらないと約束してくれるなら、なんとか工面したいと思う」

 恭矢の申し出に対して、少女は静かにかぶりを振った。

「違う、そういう意味じゃない。……教えてもどうせ、あなたは忘れてしまうから」

 少女は雪を踏む音を鳴らしながら淡々と近づいてきて、恭矢の目の前で止まった。

 間近で見る少女は美しく、思わず見惚れて言葉を失ってしまうほどだった。

「どうせ忘れてしまうなら、わたしからも忠告めいたことを言わせてもらおうかな。……あなたは優しいけれど、だからこそ誰かの心を乱してしまう。気をつけないと、わたしみたいな女の嫉妬を買ってろくなことにならないと思うわ」

「……君の言葉は難しくて、よくわからない」

「ただの八つ当たりだから、忘れて。……ああ、安心して。あなたの意思に関係なく、必ず『忘れられる』から」

 少女に手を取られ、恭矢がその指先の冷たさに驚いた次の瞬間、目を疑った。少女が恭矢の手の甲に口付けたからである。

「な、何を……?」

「……お願いだからもう、わたしに期待させないで」

 少女が唇を落とした部分を中心に、薄暗い空間の中に光が溢れ出していった。

 ただ、その光は明るい希望を意味するものではなく、少女の負担にしかならない重圧に過ぎないものであることは、なんとなくだが恭矢にもわかった。

「――さよなら」

 そのたった一言の別れの言葉すら、恭矢は瞬きの後に忘れてしまった。

 ゆえに、少女はいつだって孤独と戦っているのだろう。