「同じ学年なのに、なんで丁寧な言葉で話してるの?」
「え……」
同じ学年……?
私はその男の子の服装を見た。
男の子の制服。
私が通っている高校の制服だ。
それと同時に。
男の子がしているネクタイも目に入った。
男の子がしているネクタイの色は青色。
そして私のリボンの色も青色。
同じ青色だから。
私と男の子は同じ高校二年生。
「同じ学年なんだから『です』・『ます』は抜きでいこうよ」
男の子はそう言った。
「そうですね……あっ、じゃなくて、そうだね」
まだ、ぎこちないけれど。
私も丁寧語は抜きで話すことにした。
「ところで、どうして信号が赤だったのに車道に出たの?」
男の子は不思議そうにそう訊いた。
「あ……えっと……
ちょっと考え事してて……」
そう返答するしかなかった。
まさか。
『学校に行きたくないということで頭の中がいっぱいになっていた』
なんて、言えるわけがない。
「そうなんだ。
でも考え事も、ほどほどにしないと。
また今みたいに危険なことになってしまうから」
男の子は心配そうにそう言ってくれた。
「うん、そうだね、ありがとう」
確かに男の子の言う通り。
考え事もほどほどにしないと。
また危険なことになってしまうかもしれない。
気をつけなければ。
改めてそう思った。
「じゃあ」
私のことを心配してくれた後。
男の子は『じゃあ』と言った。
『じゃあ行くね』という意味だと思って。
私も『じゃあね』と言おうと思った、ら……。
「今日は俺と一緒に学校に行こう。
また、さっきみたいなことになると危ないから」
え……えぇぇーっ‼
一緒に行く⁉
学校に⁉
そっ……それは……っ。
「だ……大丈夫だよっ。
すぐに同じことなんて起きないと思うからっ。
それに初めて話した人に一緒に通学してもらうなんて悪いからっ」
なんて言ったけれど。
本当は、そうではなくて。
心の中では必死だった。
どうしたら男の子と一緒に通学しなくて済むのかを。
男の子と一緒に通学したら。
絶対に学校に行かなければいけなくなってしまうから。
「……あのさ……
違っていたら、ごめんね。
もしかしてだけど……」
もしかして……なに……?
「学校に行くことを拒んでる?」
……‼
突かれた……‼
核心を……‼
って。
私、そんなにもわかりやすい態度をとっていたのかな⁉
「もしかして、赤信号に気付かずに車道に出てしまうまで考え事をしていたことと関係あるの?」
……‼
すっ……鋭い……‼
「もし、そうなら……」
もし、そうなら……?
「何か悩みがあるなら俺に話してよ。
話しか聞けないかもしれないけど、
話すことによって少しは気が楽になるかもしれない」
男の子は親切に言ってくれている。
けれど。
話せるわけがない。
本当のことなんて。
「そうだ、学校、休んじゃおう。
それで君の話を聞く」
『大丈夫』
そう返答しようと思った。
のだけど。
突然、男の子がそう言ったから。
驚き過ぎて言葉が出てこない。
確かに私自身は学校を休みたい気持ちではあるけれど。
まさか男の子から、そう言われるなんて。
男の子が言った言葉に、どう対応すればいいのか。
わからなくて頭の中が上手く働かない。
どうしよう。
こういうときは、どう対応すれば……。
「じゃあ、行こう」
まだ何も返事をしていないのに。
男の子は私の腕を掴み。
駅とは反対の方向へ歩き出した。
しばらく歩いていると。
「よし、ここに入ろう」
男の子がそう言って入ったところ。
そこは公園。
男の子は私の腕を掴んだまま公園の中を歩いて行く。
そのとき、ふと思った。
男の子が私の腕を掴んで歩き出してしまったからとはいえ。
話したばかりの人にそのままついて歩いている。
それは、何という大胆な行動なのだろう。
いつもの私なら考えられない行動。
人と接することが苦手な私が……。
というか、人と話すことを得意としている人だって、そんな行動は考えにくい。
それなのに。
今日の私は一体どうしたのだろう。
どうした……?
ううん、違う。
私がこんな行動をとっているのは。
今日はどうしても学校に行きたくない。
そんな気持ちからくるものだと思う。
とはいえ。
やっぱり、いつもの私とは何かが違う。
なんで今日はこんなにも……。
「あっ、ここ空いてる。ここ座ろ」
男の子が示した方を見ると、ベンチがあった。
男の子は私の腕を掴んでいた手を離してベンチに座った。
「君も座りなよ」
男の子はそう言って、男の子が座っている隣の空いたスペースを手でポンポンとした。
男の子にそう言われ、男の子の隣に座った。
「あっ、そういえば名前まだ言ってなかったね」
男の子の隣に座ったすぐ後、男の子がそう言った。
「俺、青野真宙。よろしく」
青野真宙……。
この男の子が青野真宙くん。
私も名前は知っている。
青野真宙くん。
同じ学年の中で彼の名前を知らない人は、ほとんどいないと思う。
彼のことで周りからよく聞こえてくる言葉は。
美少年・爽やか・頭が良い・スポーツ万能・明るい・楽しい・ムードメーカー……。
これだけ条件が揃っていれば。
人気にならないはずがない。
特に女子たち。
女子たちにとって、青野くんはアイドル的存在。
目を輝かせて青野くんの話をしている。
だから私も自動的に青野くんの名前だけは知っていた。
たった今。
アイドル的存在の青野真宙くんが私の隣に座っている。
青野くんの顔もはっきりと見える。
周りの人たちが話していた通り。
すごく美少年。
目も鼻も口も、すべて完璧。
まるで絵に描いたような美しさ。
これは、わかる。
こんなにも美し過ぎる男の子が同じ学年にいたら、ウキウキしたりドキドキしたりしてしまう。
実際に私も今、青野くんのことを見ていて……。
……‼
え……⁉
ちょっと待って……。
私……。
青野くんにドキドキしている……⁉
「ねぇ」
……‼
青野くんに声をかけられて我に返った。
「君の名前はなんていうの?」
青野くんにそう訊かれて。
そうだ、まだ自分の名前を言っていなかった。
そのことに気付いた。
「あっ、えっと、
私は、麻倉希空。
こちらこそよろしくね」
少し慌てながらになってしまったけれど。
なんとか自分の名前を青野くんに伝えた。
つもりだったのに。
「…………」
青野くんの反応は。
ピンときていない様子に見えた。
ひょっとしたら私の声が小さ過ぎて、よく聞こえなかったのかもしれない。
もう一度、青野くんに名前を伝えよう。
と思ったら。
「えっ‼」
……っ⁉
青野くんが突然驚いたような声を出した。
私は、その声に驚き過ぎて声が出なかった。
「今、『麻倉希空』って言った?」
……?
言ったけど……。
「……? うん……?」
何が何だか。
わけがわからない。
そう思ったまま、そう返事をした。
「君があの麻倉希空さんっ⁉」
『あの』って……?
青野くん、それは一体どういう……?
「実は俺、去年の文化祭のときから君の名前は知っていたんだ」
「えっ⁉」
昨年の文化祭のときから……⁉
どういうこと⁉
「去年の文化祭のとき、各クラスから五人ずつ、
上手に描かれている絵がフリールームに展示されてたでしょ。
それで俺は見に行ったんだ。
みんなの上手な絵を見てみたくてさ」
青野くんはそう話し始めた。
「やっぱり思った通り。
みんな、すごく上手くてさ。
俺、感動しちゃって」
そう話している青野くんの目はキラキラと輝いていた。
「どの絵も感動した。
……だけど」
だけど……?
「その中でも一つ、特に心を打たれた絵があったんだ」
心を……打たれた……?
「その絵を見て感動したのはもちろんのこと、
なんてい言えばいいのか、気持ちが晴れやかになるというのか、
とにかく一言では言い表すことができない、そんな絵だった」
青野くんがそんな気持ちになった絵。
それは、どんな絵なのだろう。
そして誰が描いたのだろう。
「そんな絵を描いたのは誰なんだろう。
俺、すごく気になっちゃって。
だから俺、すぐに見たんだ。
絵の下に貼られている名前を」
それで、その絵を描いた人の名前は……?
「その絵を描いた人の名前は……」
名前は……?
「麻倉希空さん。君だよ」
え……。
「ありがとう、あんなに素敵な絵を見せてくれて」
えぇぇっ⁉
わ……私の絵⁉
「あ……青野くん……本当なの……?」
「本当だよ。そんなこと噓を言ってどうするの」
た……確かに。
「それに、顔と名前が一致した」
え……?
顔と名前が一致した……?
青野くんとは今日初めて話をしたのに。
顔と名前が一致したって、一体どういう……?
今の青野くんの言い方だと。
まるで前から私の顔を知っていたように聞こえる。
「あのとき俺は君のことを知ったんだ」
あのとき……?
「去年の体育祭、リレーでアンカーをやったんだけど、
すごく張り切っちゃって。
張り切って走ったのはいいんだけど、
ゴールを通過したときに、その勢いが止まらなくて、
そのまま派手に転んじゃって」
それは、危ない。
そう思っている間にも、青野くんの話は続く。
「そのとき、肘と膝をすりむいちゃって」
それは……痛そう。
「それで俺は、すぐに手洗い場に行って、傷口に付いた砂を流してたんだ」
……あれ……?
手洗い場……。
傷口に付いた砂……。
流す……。
それって……。
「そうしたら突然、
まだ封が開いていないポケットティッシュを渡してくれた子がいて……」
やっぱり。
今、思い出した。
「それが君、麻倉希空さん」
あのとき、手洗い場で傷口を洗い流していた男の子は。
青野くんだったんだ。
「君が『よかったら、これ使ってください』って言ってくれたんだ」
うん、確かに昨年の体育祭のときに。
手洗い場で傷口を洗い流していた男の子がいて。
まだ封を開けていないポケットティッシュを渡した。
「俺は、そのとき『そんなの悪いから』と言ったんだけど、
君は『気にしないで使ってください』と言って
俺にポケットティッシュを渡して、そのまま去って行ったんだ」
確かにそうだった。
私は青野くんにポケットティッシュを渡してすぐに立ち去った。
人に話しかけることが苦手。
あのときは、あれが精一杯だった。
それでもポケットティッシュを青野くんに渡したのは。
放っておけなかったから。
肘も膝も怪我をして大変そうだった。
だから勇気を振り絞って青野くんにポケットティッシュを渡した。
確かにポケットティッシュだけでは、どうにもならないことはわかっていたけれど、濡れた傷口を少しでも拭いた方がいいと思ったから。
「そのとき俺、君にお礼を言いそびれちゃって。
体育祭が終わってからも君のことは時々見かけてたんだけど、
なかなかお礼を言うことができなくて」
青野くん……。
ずっと気にしていたんだ。
「そんなこと気にしなくてもよかったのに」
「ダメだよ。あんなに親切にしてもらったんだから、
せめてお礼くらいは言わないと。
あのときは本当にありがとう。すごく助かったよ」
すごく助かった……。
その言葉が、とても嬉しかった。
会話が落ち着き。
ゆったりとくつろいで座っている。
「そうだ」
そのとき。
青野くんが何かを思い出したように言った。
「俺たち友達にならない?」
青野くんの突然の言葉に。
驚き過ぎて声が出なかった。
「そうだ、そうしよう。俺たち友達になろう」
そう言った青野くんの表情は。
目をキラキラと輝かせて言っているように見えた。
そんな青野くんに少し戸惑っていた。
「どうしたの?」
私が無言だから。
青野くんは少し心配になったのか。
私の顔を覗き込んできた。
なので顔が近いっ‼
「もしかして……嫌……?」
え……?
「俺と友達になること」
えっ⁉
「ねぇ、そうなの?」
えっ⁉ えっ⁉
「ねぇ、どうなの?」
えっ⁉ えっ⁉ えっ⁉
青野くんっ。
私、そんなこと一言も言っていないよっ⁉
「そんなことないよっ。
ただ少しびっくりしただけで……」
本当にびっくりしたから……。