「そういえば、希空ちゃん、何を聴いてるの?」
私が手にしているイヤホンを見た真宙くんはそう訊いた。
真宙くんに声をかけられたとき、すぐにイヤホンを外していた。
真宙くんと話している間、イヤホンはずっと手に持ったままだった。
「俺にもちょっと聴かせて」
真宙くんは私の隣に座った。
そして私が手にしているイヤホンを一つ手に取り、そのまま耳につけた。
「この歌、誰が歌ってるの?」
真宙くんの質問。
それを聞いて驚いてしまった。
私たちの世代で知らない人がいるなんて思わなかったから。
この歌手は。
若い世代、特に中高生にとても人気。
なので真宙くんが知らないなんて意外だと思った。
「曲名は?」
続いて真宙くんはそう訊いた。
真宙くんの質問に順番に答えていく。
「名前は『blue sky』。曲名は『青の世界』」
私は『blue sky』の曲の中でも。
『青の世界』という曲が一番好き。
他にもヒット曲を出しているけれど。
『青の世界』は『blue sky』の曲の中でも特にヒットしている曲。
『青の世界』を聴くと元気が出てくるとか励みになるとか、ものすごく評判が良い。
『blue sky』の曲が評判が良いと私も嬉しくなる。
『blue sky』の家族や親戚ではないけれど。
好きな歌手の評判が良いと、とても嬉しい気持ちになる。
「ふ~ん、そうなんだ」
嬉しい気持ちに浸っていると。
真宙くんは淡白な反応でそう言った。
真宙くんのあまりにも淡白な反応に少し驚いてしまった。
真宙くんは本当に『blue sky』の存在を知らないのだと思った。
「なんか、ちょっとびっくり」
「え? びっくり?」
「うん、だってね、『blue sky』って私たちの世代にとても人気なの。
だから真宙くんが『blue sky』のことを知らなくて、
ちょっとびっくりしちゃって」
「そんなんだ」
興味なさそうな真宙くん。
そんな真宙くんのことを見て思った。
真宙くんはいないのかな。
お気に入りの歌手や俳優。
「真宙くんはいる? お気に入りの芸能人とか誰か」
そう思っていたら。
無意識のうちに訊いていた。
……珍しい。
私が積極的に他人に質問をするなんて。
そんな自分に驚いていた。
無意識のうちにとはいえ。
いつもの私なら、なかなか言葉にすることができない。
それなのに今日の私は、すんなりと言葉にすることができている。
それは、私にとって大きな進歩。
……進歩……?
これは進歩なのだろうか……?
本当に誰にでもできるようになったのか……?
……ううん。
できない。
このようにできているのは……たぶん……。
「特にいない、かな」
『う~ん』と少しだけ考えた後。
真宙くんはそう返答した。
「そうなんだ」
『blue sky』だけではなく、他の芸能人にも興味がないみたい。
「希空ちゃんは好きなの? 『blue sky』のこと」
次は真宙くんがそう訊いた。
「うん」
私は『blue sky』のファン。
これからも『blue sky』のことを応援していきたい。
「そうなんだ」
穏やかな笑顔の真宙くん。
それから、しばらく私と真宙くんは一緒にその曲を聴いていた。
『blue sky』の曲を聴きながら、私と真宙くんはのんびりとくつろいでいた。
「希空ちゃん」
そのとき。
真宙くんが私の名前を呼んだ。
「今度、一緒にどこかに出かけない?」
一緒に……。
真宙くんと……。
私は女の子の友達も少ない。
だから一緒に出かけることも少ない。
それなのに。
男の子と一緒に出かける。
しかも二人きりで。
それは。
かなりの勇気がいる。
だけど。
なぜだろう。
真宙くんとなら。
二人で出かけることができそうな気がする。
だから。
「うん」
そう返事をした。
「ありがとう、希空ちゃん」
真宙くんはとても嬉しそうな笑顔でそう言った。
不思議。
人付き合いが苦手なのに。
昨日、話したばかりの真宙くんに『出かけない?』と言われて『うん』と返事をしている私がいる。
真宙くんとならと思っているとはいえ。
そんな積極的な自分に驚いていた。
だけど。
接している時間が全てではないのだと思った。
それよりも大切な何かが、きっとある。
そう思えた。
そう思える何かが真宙くんにはある。
真宙くんには何か不思議な魅力がある。
そう思った。
真宙くんと友達になってから約一ヶ月が経った。
今は昼の休憩。
教室で桜ちゃんと一緒に弁当を食べている。
……って……。
……?
気のせい……だろうか。
教室の戸から。
チラッと。
見られているような……。
「どうしたの? 希空ちゃん」
視線が気になっている。
そう思っているから。
態度に出ているのかもしれない。
桜ちゃんが不思議そうに私の顔を見ている。
「……気のせいだと思うんだけど……
教室の戸のところから見られている気がして」
正直に感じたことを桜ちゃんに話した。
「……確かに……
こっちの方を見ている気がする」
桜ちゃんも気になって教室の戸の方をチラッと確認し、そう言った。
「やっぱり、気のせいじゃないんだよね」
気のせいではない。
だとしたら、どうして私たちの方を見ているのだろう。
「……もしかして……」
そう思っていると。
桜ちゃんが口を開いた。
もしかして……?
桜ちゃん、何か心当たりが……?
「……違うかもしれないけど……」
桜ちゃんはとても話しづらそうにしている。
桜ちゃんの様子を見ていると、よほどの内容なのかと思い、緊張が走る。
「……噂のことで……かもしれない」
噂……?
「……希空ちゃんのことで……」
私のこと……?
「希空ちゃんが……青野くんと……付き合っているんじゃないか……って……」
えっ⁉
私が真宙くんと……⁉
「希空ちゃん、ここ一ヶ月くらい、青野くんと一緒に登校しているでしょ」
「……うん……」
真宙くんと一緒に登校している。
わざわざ待ち合わせているわけではないけれど。
登校時間が同じで。
真宙くんは話していた。
真宙くんは高校一年生になる春休みに家族で引っ越してきた。
真宙くんの家と私が住んでいる家は、わりと近い距離にある。
だから最寄り駅も同じ。
同じ時間に顔を合わせれば自然に一緒に登校する。
そのことに関して特に深い意味なんて全くない。
それなのに……。
私と真宙くんが……付き合っている……という噂が流れているなんて……。
まさか、そんなことに……。
驚き過ぎて。
何て言えばいいのか。
見つからない。
言葉が。
桜ちゃんが言うには。
私と真宙くんのことは。
クラス中どころか、学年中に広まっているとのこと。
真宙くんの存在は、同じ学年の人なら知らない人はほとんどいない。
それくらい有名で存在感がある。
その真宙くんと噂になっている、私。
噂になり始めた頃。
『青野真宙と付き合っている女子の名前は?』となり。
『その名前は、麻倉希空』と、知れ渡ってしまったらしく……。
そして『麻倉希空って、どんな子なの?』ということになり……。
『じゃあ、麻倉希空って子のことを見に行こう』
という感じに……。
こうして、いつの間にか興味本位で私のことを見に来る生徒たちがいるようになってしまったという。
そんな感じで。
私は見せ物状態のようになっている、らしい。
桜ちゃんから話を聞いて。
『こんなこと、いつまで続くのだろうか』
そう思うと不安になってくる。
それだけではない。
うんざりして疲れが出くる。
これから、どうすればいいのだろうか。
「麻倉さん」
……‼
そう思っていると。
同じクラスの山下さんが私のことを呼んだ。
少し自分の世界に入りかけていたので。
山下さんに声をかけられ、少しびっくりしてしまった。
「麻倉さんのことを呼んでって言われて……」
山下さんは教室の戸の方を見た。
私も山下さんが見ている戸の方を見た。
そこには見たことのない女子生徒三人が立っていた。
知らない女子生徒たちが私に何の用だろう。
そう思うと同時に恐怖が襲いかかる。
相手は三人。
ということは……。
この状況は……危険……?
何か恐ろしいことがあっても。
相手は三人で私は一人。
あ……。
でも、待って。
ここは学校。
そのような場所で恐ろしいことはしてこない……かな……。
とりあえず、その女子生徒たちのところに行ってみるしかない。
本当は行きたくないのだけど。
いろいろな思いや気持ちを抱えながら、山下さんに「教えてくれて、ありがとう」と言って席を立った。
そして、ゆっくりと歩き出した。
そのとき極度の緊張と不安と恐怖に襲われていた。
そんな気持ちになりながら、なんとか女子生徒たちがいるところに着いた。
三人の女子生徒のところに着くと。
真ん中にいる女子生徒が笑顔で私のことを見た。
逆にその笑顔がとんでもなく怖い。
そう思いながら女子生徒たちのことを見た。
そのとき制服のリボンが目に入った。
青色……ということは同じ学年。
でも、やっぱり、その女子生徒たちのことを知らなかった。
一年生のときも一緒のクラスではなかった。
それ以外のときとはいっても。
その女子生徒たちと話したことは全くない。
だから、なんで私のことを呼ぶのだろうと思った。
「麻倉さん、だよね?
ごめんね、いきなり呼び出しちゃって」
そう思っていると。
真ん中にいる女子生徒が口を開いた。
感じが良すぎるくらいの話し方。
全く話したこともないのに。
なんで私の名字を知っているのだろう。
と思いたいところだけど。
今はそう思えないのが現状。
たぶん、この女子生徒たちも。
私と真宙くんの噂話を耳にして。
私の名字を知ったのだろう……と思う。
「あのさ、今、ちょっといい?」
あれこれ考えていると。
真ん中にいる女子生徒が再び口を開いた。
「……うん……」
そう返事をしてしまった。
けれど。
本当は嫌。
「ここで話をするのもなんだから……」
真ん中にいる女子生徒がそう言った。
やっぱり、この女子生徒たちは私に何か話をするために……。
そうだよね。
そうじゃなければ、わざわざ呼び出さないよね。
そう思っていると。
真ん中にいる女子生徒は「ちょっと歩きましょ」と言って歩き始めた。
ちょっと歩くって。
この女子生徒たちは私をどこへ連れて行くつもりなのだろう。
とはいっても。
ここは学校の中なのだから。
場所は限られている。
……でも。
それでも。
一度も話したことがない女子生徒たちと教室から離れたところに行くのは……。
そう考えると……。
この呼び出しは断った方がよかったのだろうか。
でも、今、断ることができたとしても。
他の方法で接触してくるかもしれない。
昼の休憩がダメなのなら下校のときに。
ということも十分に考えられる。
となると。
回避できる可能性はほとんどない。
ということになる。
どちらにしても。
この女子生徒たちの話を聞かなくてはいけないときが必ずくる、のだろう。
でも、やっぱり三対一というのは。
何かあったときに……。
そういうことを考えてしまうと。
やっぱり極度の緊張と不安と恐怖は消えない。
そんな気持ちを抱えながら、女子生徒たちの後ろを歩いていた。
そのうちに。
どこへ向かおうとしているのかがわかってきた。
「着いた。ここで話しましょ」
やっぱり。
そこは体育館裏だった。
呼び出して話をする。
そのときに、よくありそうな場所。
今から。
この女子生徒たちは何かを話してくる。
一体何を話してくるのだろう。
「そういえば自己紹介まだだったよね」
緊張と不安と恐怖に襲われていると。
さっきから時々、口を開いている真ん中の女子生徒がそう言った。
「私は黒川ありす」
その女子生徒が名前を名乗った。
黒川ありすさん。
印象は、お嬢様という感じ。
顔は小さく、目はパッチリしている。
髪の色は濃いめのブラウン。
髪の長さは肩より長く、ふんわりとウェーブがかかった感じ。
肌の色は白くて透き通ったような美しさ。
そんな黒川さんのことを見ていると。
黒川さんの両側にいる女子生徒たちのことが目に入る。
そのとき思った。
三人の中で口を開いているのは黒川さんだけ。
黒川さんの両側にいる女子生徒たちは一度も口を開いていない。
名前を名乗ったのも黒川さんだけ。
ということは。
なんとなくだけど。
三人の構図が見えてきた。
極端かもしれないけれど。
黒川さんは三人の中ではボス的存在……な気がする。
「でね、さっそく本題なんだけど」
そうだった。
黒川さんは何か話があって、私のことを呼び出したのだった。
三人の構図の憶測をしている場合ではなかった。
本題……。
黒川さんは何を話そうとしているのだろう。
さらに緊張と不安と恐怖が高まりだした。
「麻倉さんに訊きたいことがあって」
訊きたいこと……?
「麻倉さんと青野真宙くんのこと」
黒川さんも……か……。
他人から直接言われると。
やっぱり私と真宙くんの噂は広がっているんだ。
そう実感せざるを得ない。
「麻倉さんは青野くんと、ずいぶん仲が良いみたいだけど、
青野くんと付き合ってるの?」
私と真宙くんのことで訊きたいこと。
といったら、やっぱりこういう内容のことになるんだ……。
「ううん、付き合ってないよ」
そう思いながら返答した。
「本当っ⁉」
そうしたら。
突然、黒川さんが勢い良く声を出し。
「それは本当なのねっ⁉ 麻倉さんっ‼」
身を乗り出すようにそう訊いた。
黒川さんの勢いに。
圧倒されそうになった。
「う……うん」
そうなりながらも、なんとか返事をした。
「そうなんだ、それならよかった」
私と真宙くんが恋人同士ではないということを知った黒川さんは、ほっと一安心している様子だった。
そして、さっきよりも黒川さんは笑顔で私のことを見た。