学校、行きたくない―――。
特に今日は――。
その理由は。
クラスで唯一の友達の桜ちゃんが。
学校を休むから。
朝起きて桜ちゃんから送られてきたメッセージを見た瞬間。
学校に行くことが嫌だと思った。
休む理由は熱があるとのこと。
学校を休む……。
桜ちゃんが……。
それは。
私にとって。
とても辛いこと。
そう思う理由は二つある。
一つ目の理由は。
桜ちゃんの体調が心配で辛いと思っている。
それは、もちろん絶対なこと。
そして二つ目の理由。
この理由は。
辛いだけではなく苦痛も伴う。
なぜなら。
桜ちゃんが学校を休むということは……。
私は今日。
一人で教室にいなければならない。
クラスの中で唯一仲良くしてもらっている桜ちゃんが休むということは、そういうことになる。
私は人と接することがものすごく苦手。
だから接する人数も必要最低限。
友達を作るとなると。
私にとって。
とても大変で重労働なこと。
その中で。
唯一出会えたのが桜ちゃん。
桜ちゃんとは、とても話しやすく、すぐに仲良くなれた。
桜ちゃんは。
私にとって、とても特別な存在。
なので桜ちゃんと学校で一緒に過ごせないなんて考えられない。
というより考えたくない。
今、通学している最中。
家を出て駅へ向かって歩いているところ。
歩いてはいるのだけど。
そのスピードがものすごく遅い。
今日、学校で過ごすことを考えると。
気持ちがとても重く、心が締め付けられる。
そして身体も。
足だけではなく。
全身に広がるように、だんだんと動かなくなってくる。
まるで全身に鉛を付けられたみたいに。
全身、鉛で支配されている足どりは。
いつもとは違い。
一歩一歩がとても重く。
なかなか前へ進むことができない。
私の周りを歩いている人たちが。
どんどん私のことを追い越していく。
それでも今の私は。
歩く速度を早めることはできなかった。
……学校……行きたくない……。
学校……休みたい……。
無理に歩いている私の頭の中は。
そのことでいっぱいだった。
一人で教室の中で過ごす……。
それは……。
できるだけ避けたいこと。
だって……。
そうじゃないと……。
思い出してしまう……。
あの日のことを……。
……このまま。
どこかに逃げてしまおうか……。
「あぶない‼」
……⁉
突然のことでびっくりしてしまった私は。
頭の中が真っ白になった。
ただ一つ、はっきりとわかっていること。
それは一人の男の子が私の腕を掴んで。
私のことを引き寄せたということ。
引き寄せられた反動で。
私は男の子の胸の中に飛び込むかたちになってしまった。
そんな私は。
頭の中が真っ白なのと緊張で。
すっかり固まってしまった。
「ねぇ、大丈夫?」
……‼
どうすればいいのかわからなくて。
固まったまま男の子の胸の中にいると。
男の子が私に声をかけた。
「あっ‼ ごめんなさい‼」
私は慌てて男の子から離れた。
「早まらないで‼」
え……。
「何があったのかはわからないけど、
人生そんな簡単に捨てちゃダメだよ‼」
えっ⁉ えっ⁉ えっ⁉ ちょっと……‼
「あっ、あの……」
「俺でよければ話くらい、いくらでも聞くから」
え……えぇぇーっ⁉
「あっ、あの……違います……‼」
「え?」
「私……あの……
そんな……こと……してません……」
「そうなの?」
「はい……」
「そっかぁ、よかったぁ。
俺、てっきり……」
……?
「てっきり……?」
「だって君、信号赤なのに、そのまま車道に出て行こうとしたから」
「え……?」
「『え?』って、
もしかして信号が赤だったこと気付いてなかったの?」
信号……赤だったの……?
全然気付かなかった。
「……はい……」
私、いろいろ考え込んでいて……。
だから信号が赤だったということにも気付けなかった……?
「とにかく無事でよかった」
そう言った男の子の表情は。
ほっとした様子だった。
私は男の子に心から感謝をした。
あっ、そうだ。
まだ、お礼を言っていなかった。
「あっ、あの、
助けてくださってありがとうございました」
「わざわざお礼なんていいよ。
あの状況で、ほっておける人はいないから。
……それより……」
……?
「同じ学年なのに、なんで丁寧な言葉で話してるの?」
「え……」
同じ学年……?
私はその男の子の服装を見た。
男の子の制服。
私が通っている高校の制服だ。
それと同時に。
男の子がしているネクタイも目に入った。
男の子がしているネクタイの色は青色。
そして私のリボンの色も青色。
同じ青色だから。
私と男の子は同じ高校二年生。
「同じ学年なんだから『です』・『ます』は抜きでいこうよ」
男の子はそう言った。
「そうですね……あっ、じゃなくて、そうだね」
まだ、ぎこちないけれど。
私も丁寧語は抜きで話すことにした。
「ところで、どうして信号が赤だったのに車道に出たの?」
男の子は不思議そうにそう訊いた。
「あ……えっと……
ちょっと考え事してて……」
そう返答するしかなかった。
まさか。
『学校に行きたくないということで頭の中がいっぱいになっていた』
なんて、言えるわけがない。
「そうなんだ。
でも考え事も、ほどほどにしないと。
また今みたいに危険なことになってしまうから」
男の子は心配そうにそう言ってくれた。
「うん、そうだね、ありがとう」
確かに男の子の言う通り。
考え事もほどほどにしないと。
また危険なことになってしまうかもしれない。
気をつけなければ。
改めてそう思った。
「じゃあ」
私のことを心配してくれた後。
男の子は『じゃあ』と言った。
『じゃあ行くね』という意味だと思って。
私も『じゃあね』と言おうと思った、ら……。
「今日は俺と一緒に学校に行こう。
また、さっきみたいなことになると危ないから」
え……えぇぇーっ‼
一緒に行く⁉
学校に⁉
そっ……それは……っ。
「だ……大丈夫だよっ。
すぐに同じことなんて起きないと思うからっ。
それに初めて話した人に一緒に通学してもらうなんて悪いからっ」
なんて言ったけれど。
本当は、そうではなくて。
心の中では必死だった。
どうしたら男の子と一緒に通学しなくて済むのかを。
男の子と一緒に通学したら。
絶対に学校に行かなければいけなくなってしまうから。
「……あのさ……
違っていたら、ごめんね。
もしかしてだけど……」
もしかして……なに……?