「犯罪抑止係の仕事はなんだ」
「特殊詐欺を未然に防ぐことです」
「じゃあ、それについて語ればいい」

(だから、まだそんなに仕事をしていないんですってば!)
巧は叫びを飲み込んだ。なにしろ、この先も犯罪抑止はお決まりの仕事をこなすだけで、クリエイティブな仕事が増える機会は巡ってこないだろう。
つまりはある材料で講話をするしかない。面倒な役目を押し付けられてしまった。
さすがにノーヒントを哀れに思ったのか、誉が再び顔をあげ、こちらを見る。

「大事なことは、地元住民にこちらが取り組んでいる姿勢を見せることだ。ごまかしではない。都民の安心には意味がある」
「はあ」

それはたいした仕事はしていなくても、盛って話して安心させろという意味だろうか。

「早めに原稿を作り、私に見せろ。私が指導してくだらない講話にはできないからな」

誉はそれ以上指示することもなく、自分の仕事に戻る。
『私が指導して』その言葉に、彼女でもそんな心があるのかと巧は密かに面白く思った。
鉄の女系上司に見えたけれど、自分の部下に失敗させられないという凡人的な見栄はあるらしい。それなら、部下らしく頼まれてやらないでもない。
巧のいいところは、プラス思考であった。面倒な役目でも『頼られている』と変換できる。
そこから巧は、『家庭内、地域でできる防犯』というテーマでスピーチ原稿を作成した。三度ほどリテイクを食らい、会合ギリギリにどうにか完成させることができた。