時間が過ぎるのが速い。

 おまつり広場のステージ前に到着したのは、ライヴが始まる直前だった。学園祭実行委員の腕章をした学生にチケットを提示し、アリーナ席のいちばん後ろに入り込む。

 ステージ上では、五人組のロックバンドがスタンバイしていた。楽器が順にワンフレーズずつ鳴らされるのは、音量の調整のためだろうか。
 沖田が目を丸くしている。

「音がでかいね」
「確かに。びっくりした」
「こういうのを聴いたことは?」
「生で聴いたことはない。ほら、巡野や長江くんが、よく機械で音楽を鳴らすでしょ? あれしか音楽に触れる機会はないよ」

「長江さんが聴かせてくれるやつ、おれはけっこう好きだよ。太鼓の音が走ってて、気持ちがいい。今から聴くのも、そういう類いかな?」
「たぶん」

 ステージの上、ぱたりと音が途絶えた。それと同時に、青いライトがバンドメンバーを照らし出す。
 その情景だけで、拍手と歓声が起こった。

 音が始まる。

 沖田が好きだと言ったばかりの、疾走するドラムの音。打ち鳴らされる音はシンプルなのに、なぜだろうか、まるで歌を奏でているようにも聞こえる。
 腹の底に染みるベースの音と、ひずんで力強いギターの音と、きらびやかに弾むシンセサイザーの音。

 四つの楽器の音が一つの生き物のように躍動する。突き抜けていく勢いに、心をさらわれる。
 ステージの中央、音に包まれて立つ男性ヴォーカリストが、顔を上げた。息を吸う音をマイクが拾う。歌が語り起こされる。

  眠れないまま明けた朝
  空の端の夜の尻尾を
  つかんで引き戻したい位
  闇に馴染んだ目が痛い

  まぶしく白い光が
  僕を溶かしてしまいそう
  跡形もなく溶けるなら
  むしろ望んでみたいけど

 しなやかに伸びる声だった。
 淡々と歌い出したように見えた。その実、クールなんかではなかった。情感豊かだ。トーンが高くなるたびに、抑え切れないもどかしさがにじむ。

 わたしはチラリと沖田を見やった。夕闇の中、目をきらきらと輝かせる横顔。刀の柄に触れた手が、リズムに合わせて、指先をトントンと弾ませている。

  焦ったり妬んだり僻んだり怒ったり
  醜い感情程 それはもう 鮮やかに
  僕の中に息づいて 僕の形してるから
  「そんなモノ 僕じゃない」と
  言いたい内は溶けられない

  この胸の泥の奥の底
  その声をあげたのは何だ?
  僕が押し殺した息
  僕が忘れたふりの僕
  僕にようやく聞こえた
  青い月よ 消えないで
  この胸の叫びは飼い慣らせないから

 駆け抜けていく音の世界に心を奪われる。胸に、じんと響く。音も詞も、美しいと言うにはあまりにも泥くさく、剥き出しで率直だ。それが心地よい。

 初めは驚いた音量の大きさも、風が逆巻く十一月の夕闇の冷たさも、まるで気にならなかった。歓声の上げ方もわからないわたしは、沖田の隣で、ただじっと歌を聴いていた。