気がつくと、僕の手を振り払おうとしていたこずえの動きが止まっていた。

「少しだけ、話ができないか?」

 動きが止まったこずえの様子を見て、ぎゅっと握りしめていたこずえの細い腕を解放した。
 こずえは観念したのか、解放された腕をだらりと地に向けて下げ、初めて僕をまっすぐ見つめた。そのあと、ほんの少しだけ首を縦に振って。
 実際に話をするとなると、何から話せばいいのか……。さっきまで勢いでこずえを追いかけていたが、その勢いのまま言葉は出て来る様子がない。
 こずえも再び僕から目線を逸らした。けれど逃げる様子はなさそうで、ただその場に立ち尽くしている。

「あっ、えっと……」

 口ごもる。さっきまで上がっていた熱が一気に下がっていく。僕のこめかみからは汗がツーっと滴り落ちた。

「どうしてこずえがここに?」

 そうだ。まずはそこだ。
 ひねり出した自分の言葉に、自画自賛しながら僕はこずえの顔を覗き込むように向き合った。

「……ここから300キロほど離れた隣村に用事があって」

 隣村? そんなところに一体何の用が?
 僕の疑問は、こずえの次の言葉によって解消された。

「……彼の、実家がそこにあるの」

 ガツン、と頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。幕を下ろしたように目の前が真っ暗になり、思わず僕の体はよろめいた。危うく階段から転げ落ちそうになったが、その一歩手前で何とか踏みとどまり、僕は足の裏に全ての力を込めて体を支えた。

「そう、か……」

 なんだ。そっか……僕はてっきり……。てっきり僕は、心のどこかで期待していたのだ。
 普段は縁やら運命やらは信じないリアリストのくせに、今だけは違った。夢を持ってしまった。もしかするとこれは神のご縁で、こずえとこうして再会したのも、こんな片田舎で二度も会えたのも、もしかすると運命のいたずらというやつで、神が僕たちをもう一度くっつけようとしてくれているのかもしれない。神の粋な計らいだとばかり期待して、勝手に盛り上がっていた。
 幸せを願う女性。依頼人の名前も書かれていない占いの返事欄には、その人の幸せはすぐにでも叶うようなことが書かれていた。だから僕はてっきり……。