「無駄だとは言っていない。思ってもいない」
「じゃあ……!」
「分をわきまえろと言っているだけだ」
左右のこの言葉にみーこさんはカッと顔を赤くした。大きな瞳はさらに見開かれ、口をパクパクと動かしながら、声は口をついて出てこないと言った様子だ。
……その言い方はさすがにないんじゃないか?
僕は思わず心の中でそう呟いた。口にしようとしたが、心の中で言葉を溢そうが、口にしようがどちらも左右にとっては同じことだ。
左右は僕の顔をちらりと見たが、いつものようにけん制するかのような怒りは見受けられない。
「命の限りは平等にあり、本来は誰も予測がつかないことだろう。それが予測をついた時だけ一生懸命になるのか? その時だけ動くのか? それはズルいと思わないか?」
さっきまでパクパクとしていたみーこさんの口は、静かに閉じた。そんなみーこさんに向き合う形で、左右は再びみーこさんに向けてこう言った。
「キヨの息子の時はどうだ? 死ぬなんて誰が知っていた? 誰が想像していた? 俺はキヨがここに息子の健康を願っていたことを知っている。みーこも見ていただろう。けど死期は予測していなかったし、俺には見えなかった。凛花の件に関しては俺は偶然見えたのだ」
「……そうだけど……そうかもしれないけど……」
「俺は見えても、何もできない。普通の人には見えないからな」
いつになく左右が雄弁だ。それはつまり、左右も何か思うところがあるのだろう。麗しいみーこさんが珍しく怒ったように、左右も何かに憤りを感じているのかもしれない。
いつもの淡々とした表情で、抑揚のない声で紡がれる言葉にも、いつもとは違う熱を僕は感じていた。
「だから私は左右と一緒に人助けをしてるんじゃない」
みーこさんが言った言葉は、どこかさっきの凛花ちゃんを彷彿させる。どこか不満があるようで、かつ、人にというよりも自分の中に理不尽さを感じているような……。
「ああ、だから俺はみーこが新聞を作ると言った時、手伝うことを了承した。だが、俺にはここに来た参拝者の願いや祈りが聞こえても、彼らを助けるのは俺じゃない。人を助けるのはいつだって、人だ」
なんとも悔しいが、正直左右の意見に僕は賛同していた。これは誠に悔しいことで、間違いなく遺憾なのだが。
「雅人」
突然聞こえた僕の下の名前。この場でしかも呼び捨てで呼ばれることなどなかっただけに、僕は思わず驚いてしまった。
僕の名前を呼び捨てで呼んだのは、他の誰でもなく左右だった。
さっきまでみーこさんと向き合っていたこの小学生のような風貌の神使は、僕に向き合って、こう言った。
「お前、忘れるなよ。キヨがなぜ後悔していたのか、なぜ凛花が悲しんでいたのかを」
……は? なんだそれ。
「それは一体、どういう意味だ?」
そう聞き返したとともに、左右はフッと風に舞う花びらのようにふわりと僕たちの前から姿を消した。
……って、おい。言い逃げか! 自分だけ言いたいことを言って消えるとは、卑怯だぞ!
どうやら今度は、僕が憤慨する番のようだ。
「あいつ、何が言いたかったんだ?」
キヨさんが後悔した理由と、凛花ちゃんが悲しんでいた理由。それって……。
「そういえば、更新したあやかし新聞はご覧になりましたか?」
みーこさんのこの言葉に、僕は飛び跳ねて反応した。
「そうだ、そうでした。あの最後の依頼主の返事は一体誰に宛てたものなのでしょうか?」
そうだった。僕が慌ててあの心臓破りの階段を二段飛ばしで駆け上がってきた理由はそれだ。幸せを願う女性という相手が誰なのかが知りたくて、それをきこうとしていたんだった。
するとみーこさんは口を開いたかと思ったが、なぜかそのあと驚いたように一瞬麗しい瞳を見開いたあと、ふわりと笑った。
「その相手は佐藤さんがよく知る方ですよ」
そう言ったあと、みーこさんは僕の背後を見つめていつもの元気な様子でこう言った。
「こんにちは。今日も来てくださったんですね」
「あの、下の掲示板に貼られていた新聞を読んだんですが、あれって……」
僕の背後にある神社の入り口。鳥居があるあの場所から別の誰かの声が聞こえた。
僕はその声に引っ張られるかのようにして、気がつけば振り返っていた。
そこに立っていたのは、息をあげながら立ちすくしている、こずえの姿だった。
僕と目が合った瞬間、こずえは申し訳なさそうに目をそらし、みーこさんに向けてこう言った。
「ごめんなさい。またの機会に来ますね」
「待って!」
気がつけば僕はこずえを呼び止め、彼女に向かって駆け出していた。
本能とでもいうのだろうか。何も考えず、逃げるように階段を駆け下りる彼女に向かって、僕は慌てて走る。
僕は昔から目に見えたものしか信じないたちだ。だから幽霊も信じないし、神様も信じていない。神社で参拝するのは母親から言われた昔からの習慣というだけで、本気で神頼みなどしたこともない。左右は見えるから信じたとしても、神様を見たわけでもないのだからそこは話が別だ。そんな僕だからこそ、今まで人の縁というものに信仰心に似た気持ちを持ったこともないのだ。
だけど今だけは違っていた。
こんな片田舎の小さな神社で、僕たちは二度も出くわしたのだ。そもそもここは僕たちが普段住む東京でもない。そんな僕らが出くわしたのだ。同じ時間に、同じ場所で、それも二度も。
これに縁を感じるなという方が無理な話だ。縁は見えなくとも感じ取れるもの。すなわちそれは、目には見えないけれど僕が持っている感情と同じなのだ。
「こずえ、待って!」
僕はこずえの腕を掴んだ。相変わらず華奢な腕をしている。
「ごめんなさい。まさか雅人さんがこの神社にいるなんて知らなくて——」
「こずえ、待って。落ち着いて」
取り乱しながらもこずえは僕から顔を逸らし続ける。そんな彼女の様子に、彼女の腕を掴む手に、さらに力が加わった。
「話がしたいんだ、頼むから逃げないで」
こずえとはもう会うことはないだろう。だから話すこともないだろうって思っていた。普段僕はスマホを持ち歩かない。ここに来てからほぼスマホは見ていない。
来たばかりの時は仕事のことで連絡があるかと思って気にはしていたが、それもすぐに思い直し、スマホの電源は落としたままだ。
スマホを開けばいつも仕事のことを考えているか、こずえから連絡が来るんじゃないかとどこかで期待している自分がいるからだ。
話すことはもうない。みーこさんに言ったように僕の気持ちは伝えるつもりもない。押し付けてこずえを押しつぶしたくもない。
そう思うのに、僕は今こうしてこずえを追いかけて、こずえの腕を捕まえていたのだ。
気がつくと、僕の手を振り払おうとしていたこずえの動きが止まっていた。
「少しだけ、話ができないか?」
動きが止まったこずえの様子を見て、ぎゅっと握りしめていたこずえの細い腕を解放した。
こずえは観念したのか、解放された腕をだらりと地に向けて下げ、初めて僕をまっすぐ見つめた。そのあと、ほんの少しだけ首を縦に振って。
実際に話をするとなると、何から話せばいいのか……。さっきまで勢いでこずえを追いかけていたが、その勢いのまま言葉は出て来る様子がない。
こずえも再び僕から目線を逸らした。けれど逃げる様子はなさそうで、ただその場に立ち尽くしている。
「あっ、えっと……」
口ごもる。さっきまで上がっていた熱が一気に下がっていく。僕のこめかみからは汗がツーっと滴り落ちた。
「どうしてこずえがここに?」
そうだ。まずはそこだ。
ひねり出した自分の言葉に、自画自賛しながら僕はこずえの顔を覗き込むように向き合った。
「……ここから300キロほど離れた隣村に用事があって」
隣村? そんなところに一体何の用が?
僕の疑問は、こずえの次の言葉によって解消された。
「……彼の、実家がそこにあるの」
ガツン、と頭を鈍器で殴られたような衝撃が走った。幕を下ろしたように目の前が真っ暗になり、思わず僕の体はよろめいた。危うく階段から転げ落ちそうになったが、その一歩手前で何とか踏みとどまり、僕は足の裏に全ての力を込めて体を支えた。
「そう、か……」
なんだ。そっか……僕はてっきり……。てっきり僕は、心のどこかで期待していたのだ。
普段は縁やら運命やらは信じないリアリストのくせに、今だけは違った。夢を持ってしまった。もしかするとこれは神のご縁で、こずえとこうして再会したのも、こんな片田舎で二度も会えたのも、もしかすると運命のいたずらというやつで、神が僕たちをもう一度くっつけようとしてくれているのかもしれない。神の粋な計らいだとばかり期待して、勝手に盛り上がっていた。
幸せを願う女性。依頼人の名前も書かれていない占いの返事欄には、その人の幸せはすぐにでも叶うようなことが書かれていた。だから僕はてっきり……。
「好きな人とは、上手くいってるんだな」
実家に顔を出しに来た様子からすると、きっと話はトントン拍子に進んでいるに違いない。どこの誰だかは知らないが、こずえと付き合ったのは最近の話のはずだ。何せ僕と別れたのがつい先月の話だからだ。
「……ごめんなさい」
こずえはぽつりとそんな言葉をこぼした。申し訳なさそうな表情で、苦しそうな顔をして。
……ああ、僕は最後にこずえの笑顔を見たのはいつだったのだろうか。
別れ話の時も泣いていた。その前だって様子が変だとは思っていた。いいや、今思い返せば変だったのだ。
僕はいつも仕事をして、彼女のサインにも気づいていなければ、彼女の笑った顔を最後にいつ見たのかさえ覚えていない。全くもって始末に負えない。
「謝らないで。もう僕たちは終わったんだし」
終わった? 本当に終わったのか? まだできることがあるんじゃないのか?
そんな風に足掻く僕の頬を生ぬるい風がふわりと撫でた。その風に乗るようにこずえの長い髪は揺れ、それを抑えるようにして左手で髪を抑えている。
その時僕は初めて気がついてしまった。彼女の薬指にはめられた、シルバーリングを——。
僕の視線に気づいたのか、こずえは慌てた様子でそのリングがついた手を右手で隠すように抑えた。
「——幸せに、なってね」
これは僕からの、せめてものはなむけの言葉だった。心から言ってるのかと言われると、正直、言葉を濁すだろう。
けれどこれが今、僕が彼女にできる最大限の祝福だった。
……たとえ、こずえを幸せにするのは僕じゃなくても。
それはすごく悔しいことだし、本当は僕が幸せにしたかったのだけれど。だけど、それでも……。
「ごめんなさい、雅人さん」
こずえは苦しそうな表情で瞳を潤ませながら、そう言葉をふり絞った。
僕はこんな顔のこずえばかりを見ている気がする。こずえは笑った顔がとても綺麗な女性なのに。
でもおかしいのは、僕はどうしてもこずえの不幸を願えない。どんなに手を伸ばしても、もう手が届かない相手だとしても。それがどんなに悔しくて、悲しくて、喚き散らしてくなったとしても。
それでも僕は、こずえに不幸になって欲しくないと思えるんだ。
「僕はいつも、君をそんな風に泣かせていたのかな」
ふとそんなふうに思って、思わず言葉は僕の口をついて出た。
僕が仕事を優先してこずえとの予定も、時間も全てを犠牲にしてしまった時。約束を破った回数なんて両手両足の指を足しても足りないくらいだ。
そんな時、こずえはこうして一人で泣いていたのだろうか。
こずえは一生懸命首を左右に振っている。ブンブンと音がなりそうなほど振っている。
「そんなことない。ただ、私は雅人さんよりも大切だと思える人が出来てしまったの。だからごめんなさい……」
結果的にそれは、僕がこずえを一人にしたせいだろう。だったらやはりこずえが謝ることはない。全ては起こるべくして起こったのだから。
『——かりんとう饅頭……息子が好きだったお菓子の一つだわ』
その時なぜかふと、キヨさんの会話が脳内で再生された。
あやかし新聞を更新したあの日、僕とキヨさんはこの階段の一番下の段に座って、そんな会話をしたんだった。
息子さんが生前好きだったお菓子だというかりんとう饅頭。キヨさんはかりんとう饅頭の箱を見ながらそんな言葉を言っていた。
……ああ、左右が言っていたのはそういうことか。
「僕はこずえに幸せになって欲しいと本当に思っている」
なぜキヨさんが後悔したのか。それは後日キヨさんが言っていた。息子さんと旦那さんが生きている間に、もっと間に入って二人を取り繕ってあげればよかったと。
旦那さんは東京で目が出た息子さんのことを、こっそり応援して本を買って読んでいたんだとか。だけど旦那さんはそれを息子さんに言うことを拒絶し、さらに二人とも意固地なせいでそのまま関係を修復する前に亡くなってしまった。
凛花ちゃんに関しては、みーちゃんの世話がろくにできず、みーちゃんが生きている間にちゃんとお別れの挨拶がきなかったことを悲しんでいた。
——別れとはいつも、突然やってくるのだ。
僕とこずえが突然別れたように。キヨさんの息子さんや凛花ちゃんのみーちゃんが突然この世を去ったように。
「今はまだうまく言えてないかもしれないけど……でも、本心だから」
人はいつ会えなくなるか分からない。人はいつ死ぬのかも分からない。
全ては神のみぞ知る、だ。
「だから、こずえには笑っていて欲しいんだ」
僕がそう言うと、こずえの瞳から真珠のような涙が頬を伝って落ちた。
……けれど、こずえは笑っていた。
「……ありがとう。私も雅人さんの幸せを心から願っているから」
そのあとは何を話したのはあまり覚えていない。ただ気がつけば僕は、再び神社の鳥居の前にいたんだ。
「こずえさん、帰られたんですね?」
鳥居に背中を預けながら、僕はぼうっと階段下に広がる景色を見つめていた。そんな中でみーこさんは現れた。
「ちゃんと話、できましたか?」
僕は景色を見るような目でみーこさんに視線を向ける。するとそこにはいつもの元気はつらつな彼女の姿があった。
みーこさんはなんて言うか、良いエネルギーの塊だ。そんな風に思わせるほど、彼女を見ているだけでこちらも元気になれるような気がする。
「はい」
きっぱりとそう言ったあと、僕はぐっと背伸びをした。なんだか凝り固まっていた体を解放するかのように。
「それならよかったです」
女神のスマイルに、僕のカチカチに固まっていた心が、じんわりと解き放たれるような気持ちになった。
「ところで、あの幸せを願う女性ってこずえの事だったんですよね? 珍しく依頼主の名前が記載されていなかったですが」
こずえの依頼は一度あの松の木の麓にある紐に括り付けられたものの、彼女自身の手で奪い取られてしまった。だから依頼は無効だと思うのだが。
きっとこずえも新聞を読んだ時に自分が依頼した内容の返事が書かれていたのを見て、驚いてここに来たんだと思う。
たくさんのことは覚えていないが、こずえは確かにこう言っていた。
こずえの母親の干支がねずみらしい。干支にちなんだ神社があると知り、ちょっと顔を出して見たのだとか。すると掲示板に書かれていた依頼の内容に興味を持って手紙を書いたとか、なんとか……。
二度ここに来た理由はわからないが、多分やっぱり思い直して依頼をしたかったのではないだろうか。
彼女は二股などするような人間ではない。だから僕と別れた後に付き合ったとしても新しい彼と知り合ってまだ日が短いはずだ。そんな中で話がどんどん転がり、幸せになれるかどうか心配になったのだろう。
「はい、実はそうなんです。こずえさんは一度依頼をキャンセルされているので、掲載するかどうかはすごく悩んだのですが……」
やはりそうだったのか。思っていた通りの回答だ。
「その、左右が名前を伏せて載せれば良いって言ったので、昨日佐藤さんが帰られた後、また新聞を書き直していたんです」
あのねずみ小僧め。どこまでもコンプライアンスを遵守しないつもりらしい。
そのくせ自分は情報を開示しようとしない。それがクールだとでも思っているのか? 口数少ないやつなど、ハイスペックなイケメンがするからクールに見えるだけであり、ちんちくりんなねずみ小僧がすればただの内気な根暗だぞ。
そもそもさっき、死期がわかることについては色々偉そなことを語っていたくせに、依頼を取り消したものは公開するのか。なんて悪徳な神使を極めているんだあいつは。
僕は再び左右のことで気持ちを乱していると、みーこさんは僕らの頭上にある鳥居を見上げながら、こう言った。
「でもあれはそもそも、佐藤さんのためでもあるから掲載したかったんでしょうね」
「僕のため……?」
どう言う意味だろう? みーこさんの言っている意味が理解できず思わず僕は首を傾げる。するとみーこさんは慌てた様子で「あれっ!?」なんて口を両手で押さえた。
「私てっきりこずえさんから聞いていたんだとばかり思っていました!」
「……? 何をですか?」
「いえ、聞いてないなら私の口からは言えません。人の願いを本人の許可なく勝手に本人に伝えるなんて……!」
本人に伝える……? あの手紙の依頼主はこずえであり、その中身もこずえの事が書かれていたのだろう?
でも待てよ。本人の許可なく勝手に本人に伝える……? そして、こずえの依頼内容は僕のためでもあるって——。
「こずえは、僕の幸せを願ってくれた……?」
あやかし新聞社の依頼するコンセプトとしては——何かで困ったり、無くしたものを探したい時。
こずえはそんな内容が書かれたあやかし新聞を読んで、依頼を決めた。ここからはあくまで憶測だが、僕の幸せを依頼としてあの紐に吊るしたのであれば、彼女は幸せの階段を踏み出しながらも、なおかつ僕のことを心配してくれていたのか。
どこまで情けない話なのだろうか。別れてもなお、元彼女に心配される僕とは……。
「だからお前は小僧だと言うのだ」
そんな声は突然現れた。
声は僕らの頭上にある大きな鳥居の上。僕は条件反射の如く視線を上に向けると、そこにはいつもの袴に身を包み、冷淡な表情をした左右がいた。
「お前、また……!」
また僕のことを馬鹿にして!
そう思って異論を唱えようとした僕より先に、左右はこう言った。
「お前だってこずえの幸せを願っていたではないか。そんな彼女をお前は情けない女性だと思うのか?」
……まるでそれは澄み渡る水のようだった。
この神社の禊の水のように、淀みがなく、クリアで、僕の中にある汚れを落としてくれるような、そんな言葉だった。
そうか、こずえも少なからず、僕と同じ気持ちだったのか——。
「そうだ、私新しいお茶菓子買ってきたんです。佐藤さんも一緒にどうですか?」
上手く言えない言葉が、僕の心の中のわだかまりを少しずつほぐしていくようだ。左右相手に。左右ごときの言葉に。
けれど間違いなく、僕はこのエセ神使の言葉に救われた気がした。
「私先に社務所に戻って用意しておきますので、ぜひ来てくださいね」
みーこさんは僕の返事を聞こうともせず、笑顔で社務所に向かって駆けて行った。
……相変わらずみーこさんは察しがいい。もしかしたらさっき、こずえの依頼内容をうっかり吐露したのも、実はうっかりではなく、確信犯だったのかもれしれないな、と僕は考え直していた。
だけど別にそんなことはもう、どうだっていい。今の僕は心がとても軽い。
目に見えない心は、臓器という形すらないくせに、僕の心臓を圧迫し、体を蝕んでいた。それが一気に解放された。
暑い中で、汗はどんどん顎先に向かって滴り落ちていく。汗をかくのはデトックスになって体に良いとよく言ったものだ。実際は汗からでは毒素など微々たる量しか出ないというのに。
けれど僕の汗からは間違いなく毒素が出ているのだろう。だってこれはいつもと滴る場所が違い、いつもよりも塩っ辛い汗だったからだ。