「ですが、左右が人ではないということにすぐに気づきました」
「それはどうやって?」
「私以外の家族には左右は見えていなかったからです」

 すっと立ちあがり、みーこさんは左右を探す。けれど彼はいつの間にか、今度は鳥居の上に座っている。
 どうやってそんなところに? そしていつの間に?
 僕の全ての疑問に対する回答を僕の脳が勝手にはじき出した。

 ”それは彼が神使だから。”

 いやいや、バカバカしい意見だ。そう思う一方で、この今の状況を説明できる他の言葉は見つからない。

「満己、こんなところにいたのか。って、あれ……?」

 社務所の扉が開き、その中から出てきたのは、同じく袴姿の男性だ。その姿からこの人もみーこさんと同じく神職者なのは明らかだ。
 背は僕よりも高く、歳も上だろうことは、その顔に刻まれたシワが物語っている。

「ああ、参拝者の方がいらしていたのか」

 男性は頭を下げて、朗らかな笑みを僕に向けている。そんな彼に向かって僕も頭を下げた。

「こちらがこの神社の宮司で、私の父です。お父さん、この方は依頼の手紙を持ってきて下さったの」
「依頼ですか。それはそれは」

 みーこさんは宮司の父親と僕に向かって手短に紹介してくれた。ただ父親はみーこさんの反応に比べるとやや淡白なように見える。そんなみーこさんの父親に対し、僕はなんとなく「はぁ」などと曖昧な相槌を打ってしまった。

「あまりお見かけしない顔のようですが、この街の方ではないのでしょうか?」
「よく分かりましたね。実は休暇中に年老いた祖母の家に遊びに来ているのです。祖母も一人で住んでいるもので、少し心配でして」
「そうでしたか」

 「それはそれは」と言いながら、朗らかな笑みを浮かべなて、首を何度か縦に振っている。どこかこの宮司はみーこさんよりもゆっくりとした人だな、なんて思いながら、彼が話し始めた言葉に耳を傾けた。

「街もこの神社も小さいので、ある程度の人の顔は覚えているものなのですよ」
「そういうものなんですか」

 確かに田舎住まいだとそなるのかもしれないな。
 少し遠出するにも車移動で、歩いてくる人など顔見知りであって当たり前だろう。
 それに神社は七五三や正月などのイベントごとに人が集まる。このサイズの規模であれば来る人も知れているだ——そこまで思った時だった。

「……っ!」

 再びあの小憎たらしい左右とか言う子供が、僕の脛を蹴り上げた。さっき痛めた方とは別の足だ。僕は再び地面に蹲ることになったのは言うまでもない。