「別に好きなわけじゃないよ。ただ、ヒマだから」
 
 なにげなく教室を見渡す。楽しそうにはしゃぐ顔たち。なにがそんなにおもしろいのだろうか。

 そうしてまた、机の落書きを見る。
 今から五年前の日付が記されている。ボールペンで書いたのだろう、インクは消えてしまっているけれど、その部分だけへこんでいてはっきりと日付が読める。指先で触ると、デコボコした感触。

 突然、教室の(すみ)にいる集団が笑い声をあげた。高い声で笑い転げていて、まるで私に聞かせるかのように感じる。
 反射的に視線を手元に戻した。

 学校にいる時間は苦痛そのもの。早く下校の時間になればいいのに。誰よりも遅く登校しておきながらそんなことを願ってしまう。

 この数日、連続して遅刻をしている私。
 クラス委員になった青山(あおやま)さんや担任の先生は注意をしてくるし、自宅にも電話がかかってきている。
 そのたびにくり返す『頭痛(ずつう)』の言い訳。
 受話器を手に説明していると、本当に頭が痛くなるような気がするから不思議だ。

 四月はまだマシだった。入学したてで緊張を身にまとったクラスメイトから声をかけられることも多かった。そのたびにそっけない態度を取ってしまっていたのは事実だし。
 集団に属さない私を誰もが少しずつ見放していった。『愛想(あいそ)がない』と聞こえるように悪口を言われても平気だった。

 もともとひとりでいることが好きだったし、勉強をする意味も友達を作るというのルールもわからないまま生きてきたから。

 あれは中学二年生のころ。ある日、急に学校に行くのが嫌になった。

 そのときの感覚はまだ覚えている。を使う私を、お父さんは最初こそ心配してくれていたけれど、そのうちなにも言わなくなった。

 なんだ、休んでもいいんだ。

 急に気持ちが軽くなり、それからは遅刻や欠席をくり返し、それでもなんとか卒業をした。
 この高校に入ってからしばらくは、ちゃんと登校できていた。幼なじみの明日香はホッとしていたっけ。

 でも結局、無理は続かない。だんだん起きる時間が遅くなり、今は遅刻の記録を更新中。情けないとは思うけれど、それが私だとも思ってしまう。

 お父さんがこの高校の理事であることが知られてからは、誰もが()れ物に触るように、いや、実際には見ないフリをするようになった。理事といっても名ばかりらしいけれど、放っておいてほしい私には好都合だった。

 だから、このクラスで私は透明な存在。
 いてもいなくても関係がない。

 そう思わせたのは私自身だから。