最初からひとりのままだったら、こんな余計な感情を知らずに済んだのに。

「またな」

 今日も薄味(うすあじ)のさよならを残して、伊予さんは帰っていった。
 息子さんの体の具合を聞きそびれたのを、ひとりになり思い出した。今ごろ、お父さんと一緒にいるのだろうか……。

「しょうがない、よね」

 そうとなれば切り替えが早い私。
 さっさとご飯を食べて、PASTへ行こう。リョウに髪を見せたら戻って、少しくらいはテスト対策をしてもいい。いや、きっとしないのはわかっているけれど、自分への言い訳もしておかないと。

 そのとき、玄関のドアが開く音がした。

 伊予さんが忘れ物でもしたのだろう、とそのまま唐揚げを頬張っていると、
「ただいま」
 顔を出したのはお父さんだった。

 話があるときの必須アイテムである、お寿司を手にしているのを見てがっかりする。

「ああ」

 うめくような声とともに肩を落としたお父さん。それはこっちのセリフだけど?

「お帰り」

 答えながら、学校から連絡が行ったんだと理解した。そうでなくちゃ、お父さんが帰ってくる理由なんてない。

 案の定、お父さんは私の髪に視線をロックオンしたまま前の席に着く。ちょっと見ない間に、前よりも老けたように思える。
 目の前に置かれるお寿司が入った包み紙。

「あのなぁ……」

 そう言うなりお父さんはまたため息をついた。思い出したように冷蔵庫へ行くと、ビールの缶を手にもとの席に座る。相変わらずのノンアルコールだ。

 プシュ。
 軽やかにプルトップを開ける音。一気に喉に流しこんでいる音。そして、またため息。

「こんな悲しいことはないよ」

 毎度のごとく、自分の感想からまずは口にするお父さん。

「なんで、そんな髪の色にしたんだ? それに、学校も遅刻だけじゃなく休むこともあるそうじゃないか」
「……べつに」
「理由がないわけじゃないだろう。校長先生、カンカンに怒ってたぞ」

 さっきまで美味しかった唐揚げは、もう冷めはじめていて味もわからない。お父さんがいるときのごはんは美味しくない。

 せっかく作ったのにな……。