今思えば、かわいげがない小学生だっただろう。でも、人との距離は遠いほうがラクだと私は知ったんだ。
 近づけばイヤな部分が見えるし、あいまいな距離だとうわべの対応がめんどくさくなる。

 なによりも、私を見て曇った顔になる人たちが好きじゃなかった。

 高校に遅刻するのも夜の街見学が好きなのも、お母さんとは関係がないこと。
 これからも我が家は平穏(へいおん)だし、私は遅刻をしながらも高校を卒業して適当に就職をする。
 人生のレールの先がぼんやりと見えはじめている。

 そんな日々を爆破するような存在。それが、なんでも屋の伊予さんだ。



「はぁ、最悪……」

 ボヤく私に、明日香が「ふふ」と鼻を鳴らした。

「でも、手作りのお弁当なんてうれしくない?」

 私の机には半分も食べていないお弁当がある。鶏の醤油煮(しょうゆに)に玉子焼き、きんぴらゴボウと梅干し。やけに茶色の割合が多いお弁当だ。

「うれしくない。私、これの仕こみを帰ってからやらされるんだよ。朝の調理は伊予さんがやってくれるけど、弁当箱に詰めるのは私の担当。結局、半分は自作ってことじゃん」

 箸できんぴらゴボウをつまんでみせる。ゴボウだってスーパーに行けば水煮になったものが売っているというのに、伊予さんは泥つきのゴボウをあえて選んでくる。

『泥つきのほうが日持ちするんや』
『歯ごたえが雲泥の差やねん』
『あかん、皮は軽く()くだけでええんやで』
『酢水につけると色落ちせえへん』

 次々に指示を出しながら、伊予さんは夜ごはんの準備を手際よく進めていく。ある程度終われば、そこからは家庭教師に変身。
 宿題や復習などをさせられ、八時になると帰宅する。

『またな』

 別れ際はあっさりで、そこからひとりで夕飯をとり、洗い物をしなくてはならない。
 つまり、家に帰ってから八時まではスケジュールが押さえられている感じ。

「伊予さんて亜弥の家に一日いるの? 朝から晩までだと勤務時間長いよねぇ」

 不思議そうな顔の明日香に「違うよ」と訂正した。

「中抜けの時間があるんだって。その間に自分の家のぶんの買い物とか料理をしてくるみたい。土日は休みだしね」

 伊予さんの家庭がどんな構成なのか、どこに住んでいるのかは知らない。
 ひょいときんぴらゴボウを箸でつまんで食べた明日香が、目を見開いた。

「歯ごたえがしっかりあるのに味が染みてておいしい! これは手作りじゃないと出せない味ですねー」

 料理評論家みたいな言いっぷりに苦笑い。