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 放課後、あたしとミホは下駄箱で靴を履き替えていた。

 うちのクラスの後ろの列が康輔の普通科クラスの下駄箱だ。

 康輔の靴はまだある。

 いつもなら、ミホと別れてあたしはここで康輔を待っている。

 たいていあいつは猫背の背中に鞄をのせてあくびをしながら現れる。

 でも今日は待つ気にならなかった。

 ……嘘だ。

 またあたしは自分に嘘をついている。

 待つのがこわいんだ。

 浮かれてニヤついてる康輔を見たくないんだ。

「じゃあね、また明日」とミホがいつものように手を振る。

「待って、あたしも帰るよ」

 立ち止まったミホが首をかしげる。

「いいの? 待ってなくて」

 うん、と声に出したつもりがただうなずいただけになってしまった。

 キンモクセイの香る道を二人で歩く。

 ミホの家は『御蔵屋(みくらや)』という地元では有名な和菓子屋さんだ。

 江戸時代から続いている老舗で、今はミホのおじいちゃんおばあちゃんがお店をやっているんだそうだ。

 調理科に入学して知り合ったときにお店を継ぐのと聞いたら、和菓子はあんまり興味がないんだよねと笑っていた。

 あたしと同じで特に調理関係の仕事を目指しているわけではないらしい。

 そんなところも気の合う理由なのかもしれない。

 お店は笹倉駅とは反対側の坂の下だから勾玉神社までの短い距離でお別れだ。

 短期決戦だぞ、という緊張感があたしとミホの間を漂う。

 あたしの方をチラチラを見ながらミホがつぶやいた。

「八重樫君、親切なだけじゃん」

 分かってる。

 困っている人に拾ったものを届ける。

 当たり前のことをしているだけだ。

 そこに変な意味をくっつけようとしているのはあたしだ。

 黙っていると、ミホがクスッと笑った。

「ちょっとくらい下心があるかも知れないけど」

「どっちよ」

「どっちだろうねえ」と、わざとらしい口調でミホが空を見上げる。

 ないとは思うんだけどね。

 あたしが黙っていると、ミホがパチンと手をたたいた。

「聞いてみれば?」

「聞ければ苦労してないし」

「ていうことは、やっぱり聞きたいんじゃん」

 ミホはいつだってあたしの本心をすぐに引っ張り出してしまう。

 そんな不思議な魔法の持ち主だ。

 でも、それは全然不快なことではなくて、むしろモヤモヤを取り除いてくれる薬なのだ。

 ミホが康輔だったら良かったのにな。

 違うか。

 そういう問題じゃないよね。

 ああ、もう、あたしの甘え癖は最低だな。