ここまでの移動中に、千夏はタブレットでその街の近隣にある神社をピックアップしていた。それを近い順に一つ一つ車で回ってみることにする。
涼子の記憶にあった神社は、鳥居の先の奥まったところに本殿のある神社だった。道路から見える近さに本殿があれば地図アプリのストリートビューで確認できるのだが、奥まったところにあると地図アプリだけでは確認できない。
それで怪しそうなところを一つずつあたってみることにしたのだ。
神社のそばに車を止めて晴高が車内で待ち、千夏と元気の二人で境内の奥まで行き、本殿の形を確認するという作業を繰り返した。
中にはかなり長い階段を上っていかなくてはならない神社もあって、段々疲労がたまっていく。
そろそろ階段を見るとうんざりするようになってきていた、八つ目の神社でのこと。階段を上って鳥居をくぐると、その先に見えたのは。
「元気、ここって……!」
「ああ。俺も見覚えがある。この神社だ」
間違いない。涼子の霊の記憶で視たあの神社がいま目の前にあった。ということは、この近くにミーコはいるのかもしれない。
しかし、耳を澄ませてみても、猫の鳴き声らしきものは何も聞こえなかった。境内には人影もまったくない。千夏は本殿でお参りを済ませると、その床下をのぞき込んだ。懐中電灯でくまなく見てみたが、ミーコどころか猫一匹みつからなかった。
「ミーコ! ミーコちゃん!」
千夏は両手を口元にあてて、名前を呼ぶ。けれど、応えるものはない。
「ねぇ。涼子さんがミーコちゃんを見つけたのはいつごろなんだろうね。ずいぶん前だったら、もしかしてもう……」
不安が重くのしかかってくる。ミーコはケガをして衰弱しているように見えた。その状態で治療も受けられずにいたら……。最悪の事態が頭をよぎる。
しかしその不安を、元気はきっぱりと打ち消した。
「さあ。詳しくはわからないけど、もしミーコが死んでいたら涼子さんは助けを求めになんかこないんじゃないかな」
「うん。そうだよね」
しかし、二人でくまなく境内を探してみたけれど、一向にミーコの姿は見つからなかった。
(どこか別の場所に移ったのかもしれない。この神社の近隣を探してみようか……)
そう元気に持ち掛けようと彼に目を向けると、元気はジッと耳を澄ますようにどこかを見ていた。
「どうしたの?」
元気に尋ねると、彼は神社の裏を指さした。
「あっちで、誰かが呼んでるような声が聞こえた……」
「え? 誰かって……」
そこで、ハッとする。誰が千夏たちを呼ぶというのだろう。そんなの決まってるじゃないか。ミーコのことを誰よりも心配して、助けたくて、霊になってまで探していた人。
千夏は元気が指さした方向に走った。
その先には隣家の垣根がある。長年手入れされていないようでぼさぼさになった垣根の間から向こう側を覗いて見ると、雑草が覆い茂った庭があった。その片隅にボロボロな物置がある。どうやら、扉が壊れて半開きになっているようだった。
「向こうから回ってみよう」
元気に言われて、千夏も頷く。鳥居のほうへと走って階段を駆け下り、神社の外に出た。脇に止めてあった晴高の乗る社用車の横を走り抜ける。すぐにドアを開けて晴高がこちらに声をかけてきた。
「おい! どこに行くんだ!」
千夏は立ち止まって振り返ると、晴高に声をあげて答える。
「元気が、あっちから声がしたって!」
そして晴高の反応も待たずにすぐにあの神社の裏手へ向かって走り出した。元気もすぐ横をついてくる。あの垣根の家はすぐに見つかった。人が住まなくなって長い年月放置されている廃墟のような家のようだった。
一応、インターホンを押してみるものの、電源が入っている様子がなかった。どうしようか一瞬迷ったものの、ここの所有者を探して連絡を取っていたら手遅れになってしまうかもしれない。意を決して、千夏は声をかける。
「失礼します」
赤さびの浮いた門扉には鎖がかけられ南京錠で施錠がされていたけれど、垣根として植えられている低木の数本が枯れて枝だけになっていたので、その間を抜けて庭に入った。思いっきり不法侵入なので手早く済ませたい。
千夏は先ほど神社の裏から見えた物置へと駆け寄る。その半開きになった扉から中を覗くと……。
「……いたっ! いたよ、元気!」
物置の奥に、青みがかった灰色の毛色をした猫が一匹横たわっていた。じっと動かないその様子に一瞬最悪の事態を想像してしまうものの、その猫はのっそりと首をもたげるとうっすらと目を開けて千夏たちを見た。
「よく頑張ったな、お前。いま病院につれてってやるからな」
と、元気。
「うん。本当によく頑張ったね。君の飼い主さんが、教えてくれたんだ」
じんわりと胸が熱くなって、千夏は目頭を拭う。
千夏たちがここにたどり着けたのは、涼子が教えてくれたおかげだ。
「いま、お水とかとってくるからね」
そう言って車に戻ろうと走りかけると、道路から垣根の間を抜けて晴高がこちらにやってくるところだった。彼の手には、この街に来る途中でペットショップで買ったペットゲージと水などが入った紙袋が握られている。
すぐに紙袋からエサ入れと水入れを取り出すと、キャットフードと動物用のミネラルウォーターをそれぞれ入れてミーコの前に差し出した。
ミーコは千夏たちを警戒している様子だったので、千夏たちは一旦物置から離れたところで隠れて待つ。するとしばらくして、ミーコはのっそりと起き上がるとペチャペチャと水を飲み始めた。
ほっと千夏は胸をなでおろす。元気だけでなく、晴高までもが安どした様子だった。そのあとミーコは逃げることもなく大人しく千夏の手に捕まって、ペットゲージの中に納まってくれた。そしてそのまま車で、急いで近隣の動物病院まで連れて行ったのだった。
その日を境に、あのアパートの怪奇現象はぴたりと止んだ。
涼子の記憶にあった神社は、鳥居の先の奥まったところに本殿のある神社だった。道路から見える近さに本殿があれば地図アプリのストリートビューで確認できるのだが、奥まったところにあると地図アプリだけでは確認できない。
それで怪しそうなところを一つずつあたってみることにしたのだ。
神社のそばに車を止めて晴高が車内で待ち、千夏と元気の二人で境内の奥まで行き、本殿の形を確認するという作業を繰り返した。
中にはかなり長い階段を上っていかなくてはならない神社もあって、段々疲労がたまっていく。
そろそろ階段を見るとうんざりするようになってきていた、八つ目の神社でのこと。階段を上って鳥居をくぐると、その先に見えたのは。
「元気、ここって……!」
「ああ。俺も見覚えがある。この神社だ」
間違いない。涼子の霊の記憶で視たあの神社がいま目の前にあった。ということは、この近くにミーコはいるのかもしれない。
しかし、耳を澄ませてみても、猫の鳴き声らしきものは何も聞こえなかった。境内には人影もまったくない。千夏は本殿でお参りを済ませると、その床下をのぞき込んだ。懐中電灯でくまなく見てみたが、ミーコどころか猫一匹みつからなかった。
「ミーコ! ミーコちゃん!」
千夏は両手を口元にあてて、名前を呼ぶ。けれど、応えるものはない。
「ねぇ。涼子さんがミーコちゃんを見つけたのはいつごろなんだろうね。ずいぶん前だったら、もしかしてもう……」
不安が重くのしかかってくる。ミーコはケガをして衰弱しているように見えた。その状態で治療も受けられずにいたら……。最悪の事態が頭をよぎる。
しかしその不安を、元気はきっぱりと打ち消した。
「さあ。詳しくはわからないけど、もしミーコが死んでいたら涼子さんは助けを求めになんかこないんじゃないかな」
「うん。そうだよね」
しかし、二人でくまなく境内を探してみたけれど、一向にミーコの姿は見つからなかった。
(どこか別の場所に移ったのかもしれない。この神社の近隣を探してみようか……)
そう元気に持ち掛けようと彼に目を向けると、元気はジッと耳を澄ますようにどこかを見ていた。
「どうしたの?」
元気に尋ねると、彼は神社の裏を指さした。
「あっちで、誰かが呼んでるような声が聞こえた……」
「え? 誰かって……」
そこで、ハッとする。誰が千夏たちを呼ぶというのだろう。そんなの決まってるじゃないか。ミーコのことを誰よりも心配して、助けたくて、霊になってまで探していた人。
千夏は元気が指さした方向に走った。
その先には隣家の垣根がある。長年手入れされていないようでぼさぼさになった垣根の間から向こう側を覗いて見ると、雑草が覆い茂った庭があった。その片隅にボロボロな物置がある。どうやら、扉が壊れて半開きになっているようだった。
「向こうから回ってみよう」
元気に言われて、千夏も頷く。鳥居のほうへと走って階段を駆け下り、神社の外に出た。脇に止めてあった晴高の乗る社用車の横を走り抜ける。すぐにドアを開けて晴高がこちらに声をかけてきた。
「おい! どこに行くんだ!」
千夏は立ち止まって振り返ると、晴高に声をあげて答える。
「元気が、あっちから声がしたって!」
そして晴高の反応も待たずにすぐにあの神社の裏手へ向かって走り出した。元気もすぐ横をついてくる。あの垣根の家はすぐに見つかった。人が住まなくなって長い年月放置されている廃墟のような家のようだった。
一応、インターホンを押してみるものの、電源が入っている様子がなかった。どうしようか一瞬迷ったものの、ここの所有者を探して連絡を取っていたら手遅れになってしまうかもしれない。意を決して、千夏は声をかける。
「失礼します」
赤さびの浮いた門扉には鎖がかけられ南京錠で施錠がされていたけれど、垣根として植えられている低木の数本が枯れて枝だけになっていたので、その間を抜けて庭に入った。思いっきり不法侵入なので手早く済ませたい。
千夏は先ほど神社の裏から見えた物置へと駆け寄る。その半開きになった扉から中を覗くと……。
「……いたっ! いたよ、元気!」
物置の奥に、青みがかった灰色の毛色をした猫が一匹横たわっていた。じっと動かないその様子に一瞬最悪の事態を想像してしまうものの、その猫はのっそりと首をもたげるとうっすらと目を開けて千夏たちを見た。
「よく頑張ったな、お前。いま病院につれてってやるからな」
と、元気。
「うん。本当によく頑張ったね。君の飼い主さんが、教えてくれたんだ」
じんわりと胸が熱くなって、千夏は目頭を拭う。
千夏たちがここにたどり着けたのは、涼子が教えてくれたおかげだ。
「いま、お水とかとってくるからね」
そう言って車に戻ろうと走りかけると、道路から垣根の間を抜けて晴高がこちらにやってくるところだった。彼の手には、この街に来る途中でペットショップで買ったペットゲージと水などが入った紙袋が握られている。
すぐに紙袋からエサ入れと水入れを取り出すと、キャットフードと動物用のミネラルウォーターをそれぞれ入れてミーコの前に差し出した。
ミーコは千夏たちを警戒している様子だったので、千夏たちは一旦物置から離れたところで隠れて待つ。するとしばらくして、ミーコはのっそりと起き上がるとペチャペチャと水を飲み始めた。
ほっと千夏は胸をなでおろす。元気だけでなく、晴高までもが安どした様子だった。そのあとミーコは逃げることもなく大人しく千夏の手に捕まって、ペットゲージの中に納まってくれた。そしてそのまま車で、急いで近隣の動物病院まで連れて行ったのだった。
その日を境に、あのアパートの怪奇現象はぴたりと止んだ。