当時の僕は全国大会で優勝した。それを買われてこの喧騒が起こっているなら、草越高校は強いという印象を与えているはず。しかしそれは偽りの印象に過ぎない。どのみち僕の早気は今日で知られることになる。それでも、少しでも相手を威圧することができるなら、願ったり叶ったりだ。今日は絶対に勝たなくてはいけないのだから。
「それでは準備してください」
 他校の先生から指示を受けた僕達は、立に入るための準備をした。
「入ります」
「「はい」」
 高瀬の合図とともに、僕達は射場に足を踏み入れる。目の前には実際の大会予選で使われる射場の景色が広がっていた。
 昨年の秋の新人戦。道場の外からしか見ることができなかった景色。その景色を内側から見ていると思うと、少しだけ身震いした。それでもこの場所に戻ってきたことに、僕は嬉しさを感じていた。
 前の立の最後の一人が矢を放つ。僕達は椅子に座り、立が始まるのを静かに待つ。
「起立!」
 他校の顧問の先生の野太い声が耳に響く。
 僕達は一斉に立ち上がる。そして「始め!」の合図を皮切りに立に入った。まずは三人とも足踏みをして、胴造り、矢番(やつが)え動作を行う。ここまではどの立でも皆が同時に行う動作になる。そして大前に入っている高瀬が、立の先陣を切って取懸(とりか)けを行い、()(うち)を作る。
 打起しの準備を終えた高瀬が、ゆっくりと息を吐いているのが僕にはわかった。
 最初の一本を中てるのが大前の仕事。チームに勢いをつける為にも、何としても中ててもらいたい一本。高瀬は今、緊張と不安でいっぱいなのかもしれない。
 落に入っている僕は、チーム全体を見渡すことができる。声をかけてあげられないけど、試合の流れや様子を窺える。今は高瀬を信じようと思った。
 高瀬が物見を入れて、打起しに入った。そのまま大三をとり、引分けに入る。そして会に入ると同時に、中の古林が打起しの動作に入る。
 弓道では大前から順番に射ることが決められている。そのため、前に射った人の弦音や状況を見て、自分の動作に入る。チームワークが大切と言われているのは、こうした一つ一つの他人の動作にも気を使わなければいけないからとも言われている。
 会に入っていた高瀬の弦音が聞こえた。
 パンッ。
 弦音とほぼ同時に入ってきた爽快な音に、僕は胸の高鳴りを感じる。
 高瀬が見事に一射目を中てた。