今の状態だと指導なんてできっこない。弓道は指導者と競技者のコミュニケーションが重要になるのだから。まずは僕と大前の間にあいた溝を埋めなくてはいけない。
「あのさ、使っていい弓あるかな?」
「ありますけど。何するつもりですか?」
「僕の本当の姿を見てもらいたい」
 僕は持参してきた()がけを右手に取り付けると、弓を持って素引(すび)きを行う。
 久しぶりの感覚に、僕は驚かずにはいられなかった。まるで自分の身体とは思えないくらい、弓が引けなくなっている。会の姿勢を保つのがここまで辛いとは思わなかった。それでも、僕は大前に見せなければいけない。今の自分の姿を。
「使っていい矢ってある?」
「……矢立箱(やたてばこ)にあります」
 矢立箱にあるばら矢の中から、自分に合う矢を選定する。二本の矢を選び終えると、僕はそのまま大前のいた的前に立つ。射法八節に従い、足踏み、胴造り、弓構えまで行う。取懸けを終えた僕は、大前に視線をうつした。
「僕も大前さんと同じなんだ」
「同じって……」
 戸惑う大前の顔を一瞥して、僕は物見を入れて打起しをした。大三をとり、引分けに入る。久しぶりに引く弓は、素引きの時よりも軽く感じた。引きやすく、力ずくなら会を保つことができるのではないかと思ってしまう。
 弓を引ききり、会の体勢に入る。視線の先に的が映る。
 瞬間、僕の手から矢が放たれた。
 会があまりにも短すぎる。典型的な早気だと誰もがわかるはずだ。
 残心をとり、弓倒しをする。足踏みをした状態のまま、僕は大前に視線を向けた。
「嘘……」 
 目の前の出来事に動揺しているのか、大前は口を開けたまま固まっている。周囲の皆も僕の射を見ていたのか、道場内はいつの間にか静寂に包まれていた。
 僕は残り一本の矢を番えると、先程と同様に矢を放った。結局、二射目も会を保てずに矢を放ってしまった。
「真弓君……まさか」
 高瀬が僕の元に歩み寄ってくる。
「そうだよ。見ての通り、早気なんだ」
 僕の発言に、高瀬の足が止まった。周囲がざわめきだす。
 全国大会で優勝しても一歩間違えればこのざま。僕はそのまま大前に話しかけた。
「大前さんの気持ち、わかるよ。僕も早気に苦しんでいる」
「そ、そんな……いつからですか?」
「中学二年生の十二月から。前触れもなく、会が保てなくなったんだ」
「わ、私もです。突然、会が保てなくなって……」