「光里、なんか歌う?」
美咲に訊かれて、私は「うん」と曖昧にうなずく。
部屋に入ってから1時間近く経っているのに、まだ1曲も歌っていない。これじゃあ本当に、何しにきたのかわからない。
人前で歌うのは苦手だけど、毎日聞いているあの歌なら、歌えるかもしれない。
そう思いついて、デンモクで『yuika』と歌手名を検索してみる。
でも、出てきたのは『該当なし』。
やっぱりないか、と肩を落としていると、目の前の陽太が立ち上がった。
「ドリンク取ってくるけど、なんかいる?」
「あ、俺コーラ」
守屋くんが言って、ほかの人たちも「俺も」「私もお願いー」も自分のコップを差し出す。
「そんなに持てないって」
と苦笑しながら、結局受け取ってトレーに乗せている。
ただドリンクを取りに行くだけで、とくに意味なんてないんだろう。わかっていても、つい考えてしまう。
私と同じ部屋にいるのが嫌なんじゃないかな。
むしろ、私が帰ったほうが楽しめるよね。
そう思っているのに、帰るという勇気も、割り切ってこの場を楽しむ余裕もない、情けない私。
と、そのとき、岩田さんがふと思い出したように言った。
「そういえば、守屋と鮫島くんと葉山さんって、たしか同中だったよね?」
「えっ」
唐突な質問に驚いて、手にしていたデンモクを落としそうになった。
「そうだよ」
と守屋くんが答える。
「守屋、中学から変わってなさそー」
岩田さんの言葉に、みんなが笑う。
「変わったって言えば、葉山がいちばん変わったかもな」
「えっ、葉山さん?」
「え、どの辺が?ギャルだったとか?」
「あはは、それ変わりすぎ!」
「んー、なんか笑わなくなったっつうか、話しかけづらくなったっつうか」
「それ失礼すぎー」

ーーやめて。

テーブルの下の手をギュッと握りしめる。その話題に触れてほしかなかった。早く終わってほしい、そう思うのに、守屋くんは楽しそうに続けたーーいちばん、触れてほしくないことを。
「陽太と葉山って幼なじみで、付き合ってんのかってくらいいつも一緒にいたんだよ」
「えーそうなの?初耳!」
守屋くんがおもしろおかしく言うように、でもさあ、と続ける。
「高校に入ってから、いきなり話さなくなったんだよなあ。何かあったのかって訊いても、あいつ教えてくんないし。冷たいよなー」

ーーやめて。

心の中で叫んでいる。なのに声が出ない。
みんな興味津々。隣にいる美咲も「そうなの?」と驚いている。
「えー、なんで?ケンカしたとか?」
「じつは付き合ってたんじゃないの?守屋が知らないだけでー」
「えー!うそ、それすごい!」
「ね、どうなの、葉山さん」

ーーもう、やめて。

叫び声が、声にならずに頭の中で響く。