夜10時。
今日も聖からの遅い「おはよう」から会話が始まった。
「はあ。カラオケ嫌だなあ……」
今日は土曜日なので、カラオケは明日だ。最初から気が進まなかったけれど、日に日に気が重くなっていく。行くと言ってしまった手前、美咲にも文句も言えず、こうして聖にばかり愚痴を吐いている。
美咲はいい子だと言ったけれど、私はやっぱり苦手だ。運動部で、声が大きくて、あきらかに私とは違うタイプだし。
「目の前の人を畑の芋だと思えば緊張しないよ」
と聖が適当なことを言う。
「そ、それは失礼じゃないかな」
「思ってるだけなら大丈夫」
「むしろ私のほうが芋だと思うんだけど……」
「だったら相手は人参と玉ねぎにしよう」
「カレーができそうだね」
「いいね、おいしそう」
「これなんの話?」
「なんだっけ……あ、カラオケか」
本気で忘れていそうな聖がおかしくて、私は思わず噴き出した。
聖との壁越しのやりとりが始まって、1週間が経った。
普段は人見知りでよく知らない人とはうまく話せないのに、不思議なくらいポンポンと言葉が出てくる。思いつきで変なことを言ってしまってもあまり気にならない。顔が見えないってすごい。
この調子で人見知りも直ればいいな、と密かに思っているけれど、よく知らない人と面と向かって話すのは相変わらず苦手だから、残念ながらあまり効果はなさそう。
この1週間で、いくつかルールもできた。
話すのは10時から12時まで。
お互いのことを詮索しない。
このやりとりのことを誰にも話さない。
はっきりと決めたわけではないけれど、暗黙のうちにそういう感じになっている。
この夜の2時間が、私はけっこう気に入っていた。
話すのはほとんど私の話ばかりだ。聖のことをさりげなく聞こうとしても、いつも上手くはぐらかされてしまう。