道端で叫ぶコウトくんの声を聞きつけてやって来たお母さんにも事情を説明して、ふたりとは別れた。
ヒサコさんの家に戻って、縁側に置いていたわたしの鞄と夏哉のバッグを手に取る。
「あ、これ。持って帰ってもいいですか?」
渡されたからと勝手に持ち帰ろうとしているけれど、ここに預けたのは夏哉なわけだし。
ヒサコさんに問うと、もちろん、と笑った。
ぺらっぺらのトートバッグは肩にかけるとすぐにずり落ちてしまうから、紐を畳んで手に持つ。
湯のみの下に敷かれた封筒を、ヒサコさんに断りを入れて探ると、いつものメモが出てきた。
─────────────────────
六人目は、朔間先生。
驚いた? それとも、気付いてたか?
これまでの手紙を渡した人が最後だなんて。
放課後の時間帯、化学準備室にいつもいる。
あの人、美味いコーヒーを淹れるからさ
冬華も一度飲んでみるといいよ。
─────────────────────
メモに目を通して、思わず眉根を寄せる。
気付いてたか、なんて、そんなわけないじゃない。
あの先生が 朔間 という名字なことも知らなかったくらいなのに。
確かに、どうしてあの先生が手紙を持っていたのは気になっていたけれど、ずっと放置したままだったことが返ってくるとは思わなかった。
バラバラだと思っていた友だちが、実はとても近くにいる人同士だったことだとか、わたしの行動を見透かしていたような手順だとか。
最初から最後まで、夏哉の手の内ということか。
わたしがアカツキくんを呼び出した辺りだけが、夏哉にとって唯一の誤算かもしれない。
メモ用紙を回収して、ヒサコさんに向き合う。
ヒサコさんのことは、よくわからないままだ。
懇切丁寧に出会いから書かれていた手紙のおかげで、多少は知ったフリが出来るけれど。
「夏哉くんが言ってた通りの子なのね」
「そ、うですか?」
アキラも同じようなことを言っていた。
勝手に色々と言いふらしてくれるな、と文句が零れそうになる。
「言うときは言うやつだ、って。俺もハッとさせられるときがあるらしいわよ」
「……どこに?」
敬語も忘れて、素っ頓狂な声が漏れる。
夏哉をハッとさせるような発言、したことがない。
言うときは言うやつだって、そんなに大したことを話した覚えもない。
むしろ、肝心なことを言わなくて、言っておけばよかったと後悔することばかりだ。
「冬華ちゃんがいない間に、夏哉くんが亡くなったんだってこと、こうちゃんに話したのよ。様子を見ていたら、こうちゃんには伝えていないってわかったのだけれど……勝手にごめんなさいね」
「いえ、それは、いいんですけど……」
いつまでもつかなかった踏ん切りを、ヒサコさんが用意してくれたようなものだ。
隠すことだけが優しさではないし、先延ばしにすることだけが賢い選択ともいえない。
わたしよりもコウトくんを知っているヒサコさんにその手を回してもらえたことは、結果的にとても助かった。
「秋頃に、夏哉くんと出会ったのよ。買い物帰りに、キョウと川沿いを散歩していて」
どこからともなく現れたキョウが尻尾をくゆらせてわたしとヒサコさんの中間くらいの位置に座る。
「いつの間にか、散歩友だちになってたの」
夏哉らしいな、と思う。
話を聞いていくと、夏哉はいつの間にか隣を歩いていたらしい。
決して自分からアクションを取ろうとしない夏哉が、そんなことをするなんて。
わたしの知らない学校や家以外での夏哉は、自分の好きなように友好関係を広げていたのだろう。