「ユリ」


たとえば、涙を流して悔やみ合って、お互いの肩を抱いて、慰め合えたとして。それで、誰が報われようか。

手が届かないのは、もう当然のことで。振り向いても見上げても、どこにも夏哉の姿は見えない。


どれほど遠くにいても、夏哉の背中を見間違ったことなんてないのに。今はもう、どこを見渡しても、夏哉がいない。


「……ごめんね」


ささくれて剥き出しの心を針でつついているような心地だ。痛みは鈍く、けれどざわつく。

落ちた沈黙が足元を浸して、さらわれそうになる。

謝罪しか出てこなかったことに腹を立てるかと身構えたけれど、ユリは存外穏やかなままだった。

表面上に見える限りは、だけれど、それでもユリがここまで感情を殺しているのは珍しいこと。


壁にもたれて脱力したユリの手から、手紙が落ちた。


「あたしなら、夏くんのことを助けられたのかな」

「え……」

「冬華だから、止められなかったんでしょ?」


ガツン、と後頭部を殴られて、畳み掛けるように頭全体を揺すぶられるような感覚に襲われる。

言葉が、これほど重いと感じたことはない。

剥き出しの心を包むことなく吐き出すと、こんな風に聞こえるんだ。

声として耳に届くだけではなくて、形を変えて体の隅まで行き届く。

指先にまで、鉛が詰まったように重い。


それでも言葉はひとつずつ理解して、砕いていける。

少しの間を置いて、息を吸うと、冷静に戻れた。


ユリの真っ直ぐなところを、わたしは彼女の長所だと思っているけれど、ユリ自身はその素直さを嫌っていることを知っている。


思っていることを上手く口にできないのも、思っていることをすべて口にしてしまうのも、それぞれ別の問題点があるから。

両極端なそれを少しずつ解しながら、変わっていかないといけないことはわかっている。


その途中にいる、わたしも、ユリも。

息のしにくさと、生きづらさを知っている。


自分を追い込んでいくのは、半分は自分であるけれど、わたしにとってのユリのように、両極端な人を前にすると、余計に粗が目立つように感じる。

見たくないものに蓋をするように、そっと離れていくように、わたし達もそうである方が、お互いのために良いと知っている。


「あんた、この手紙読んで、あたしが救われると思った?」

「そうなればいいなって、思ったよ」

「こんな紙切れより、夏くんがいてくれることの方がずっとあたしを救ってくれたよ」


傷つけられたことのある人は、人を傷つけない。

傷つけたことのある人は、傷つくことを怖がらない。

知らなかったことを知ったとき、これまで感じていたこと、揺らがないとさえ信じていたことは逆転する。


人は人を救えるかどうかも、救われたことのある人が口にできる問いで、答えだと思う。


ユリの言いたいことがわかる。

ユリの言うことが、たぶんそうであることも。


人は人を救うことができる。

わたしは、救われたから。

夏哉に助けられた命で、今、ここにいる。