式のあと、最後のホームルームが終わると誰よりも早く教室を出た。

今日はアルバムを受け取れないからと、白いシャツに油性ペンで寄せ書きをする人たちの姿を横目に、早くここから去りたかった。

あれだけ渡すのを躊躇っていたユリへの手紙を、今すぐ手放してしまいたい。


正門を跨ぐとき、周りに人がいないのを確認して、学校と外の世界への境界線を、両足で踏みしめた。

ここを過ぎてしまえば、春が終わる。

そして、一歩でも踏み出せば、春が始まる。


恨み言はあれど、置いていかれることは怖くない。

ただ、夏哉をあの凍えるような冬に置いて、彼のいない春を迎えることが、恐ろしかった。

置いていくことが、怖かった。


ローファーのつま先を向こう側へはみ出すことを躊躇っていると、そのうち、ガヤガヤと賑やかな声が後ろからいくつかやってくるのを聞いて、とうとう境界線を超えたとき、冬が春に変わってしまったような気がして、後ろを振り向くことができなかった。


向かい風をも遮るように肩を内側に丸めて、首が痛くなるほど頭を垂れる。


教室に残りたくなかったのは、しみじみとした空気が嫌だったわけでも、クラスメイトが揃って眼前に掲げたスマートフォンから逃げたかったわけでも、油性ペンを避けたかったわけでもない。

皆が一様に夏哉の席に群がって、誰も座っていないその場所に向かって声をかける様が異様な光景に見えて、気持ちが悪かったからだ。


いなくなった、ではなくて。

死んだのだ、夏哉は。

夏哉の席だった場所に、今更声をかけたって、誰にもどこにも届きはしないのに。

そのことを誰も知らないような顔で、机に触れながら涙を流す人までいるものだから、ゾッとした。


坂道、というのは不思議なもので、急いでいるときはいつまでものぼりきらないのに、いつか着けば良いくらいの心持ちで歩いていると、すぐに自宅にたどり着く。

今日は、今日だけは、自宅の前を通り過ぎた。

ユリの部屋は、朝見たときと変わらず、窓もカーテンも開いていない。


三年間使い続けた、底の四辺や持ち手がボロボロになったカバンの中から、ユリ宛の手紙を取り出す。

一番手っ取り早く、波風立てずにユリに手紙を渡す方法は、表札横のポストに投函しておくことだ。


それができるのなら、一ヶ月も手元に置いていない。

この手紙には切手も消印も宛名も差出人の名前をないから、手を加えずにポストに投函することはできない。

不審に思って開かれるのならまだいいけれど、開かずに捨てられる可能性がある。


それに、なにより、手紙の内容には触れないにしても、封筒自体はユリとともに開封しないといけない。

次への手がかりが途切れてしまった時点で、たとえ四通目の手紙を開けてみたところで意味がない。

四通目を飛ばして五通目を、という悪知恵が浮かぶけれど、ユリはともかく四通目の相手には手紙を届けたい。