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二通目の手紙を届けた日から一ヶ月が経つ。
アキラは新年度を待たずにバスケ部を退部し、今は気まぐれに公園のコートでボールを触っている。
何度かアキラに誘われ、夏哉と会っていたというその公園に行ったときに、金髪ツーブロックのあの子と再会した。
名前は春輝くんといって、彼は部員ではなくバスケ部のマネージャーをしているらしい。
怪我の治療で向こう一年は部活に参加できないらしく、試合に出られないうちにと思い切って金髪に染めたのだと話していた。
制服に袖を通しながら、窓越しに斜め向かいの家の二階に目を凝らす。
出窓にうさぎの人形が飾られている部屋のカーテンは今日も閉じていて、そう都合よくユリが顔を覗かせることはない。
机の上に並べた手紙のうち、『三』と数字の振られた手紙を手に取る。
これを紙飛行機の形に折って飛ばせたら、どんなに楽だろう。
なにも考えずに過ごしていたわけではないけれど、ユリの家を訪ねる踏ん切りがつかないまま、時間だけが過ぎていた。
明日はきっと、を一ヶ月も繰り返していただなんて、アキラには言えない。
今日こそは、とカバンの底にユリへの手紙を入れて家を出た。
制服は三年間一度も着崩すことなく、二年生のときにクラスでスカートの裾上げが流行ったときも膝下丈をキープしてきた。
この状態なら夏服も含めて一式を学校に寄付できる。
裾上げは黙認されていたけれど、寄付の対象外になるから、あのころクラスメイトにそそのかされて裁断をしなくて良かった。
実際、自分でスカートを切って長さが不揃いになってしまい、それを整えようと切り重ねるうちに買い替えになった生徒もいるらしい。
通い慣れた通学路を制服で歩くのは今日が最後だというのに、感慨のひとつも湧かない。
校舎横の塀沿いに歩いて正門に向かっていると、後ろから自転車の音が聞こえた。
歩道には十分な広さがあるけれど、真後ろでスキール音も聞こえたから、塀に寄るように避ける。
「橘さん」
いつまでも追い抜かしていかない自転車を横目に振り向くと、自転車をおりたその人がわたしの名前を呼んだ。
わたしが気付くのを待っていたのか、アカツキくん、と彼を呼び返すと、自転車を押して隣に並ぶ。
アカツキくんはバスケ部の元キャプテン。
アカツキというのは名前で、夏哉は『アカ』と呼んでいた。
もともと夏哉を通じてしか話すことがなかったし、事実上アカツキくんは夏哉の主将指名の辞退があって繰り上げでキャプテンになったようなものだ。
なんとなく話しづらいし、バスケ部に接点もなくなってしまっていたから、話すのは去年クラスが同じだったとき以来。一年ぶりになる。
「後ろ姿なのによく気付いたね」
「ん、まあ。こっち方面から人が歩いてるの珍しいし、背格好でなんとなく」
なんとなく、だったから声をかけずにわたしが振り向くのを待っていたのか。
はやく話して、と言いたいわけではないけれど、わたしがふたりきりの状況を気まずく感じていることは伝わったようで、アカツキくんが、あのさ、と切り出す。
「今日、俺が夏哉の卒業証書を代理で受け取るんだけど、橘さんもよかったら、どうかなって思って」
「一緒に、ってこと?」
「そう。夏哉、きっと喜ぶよ」
なんの根拠があって、と言い返したかったけれど、アカツキくんも常套句でそう言ったのだろうから。
そこを食い下がるのはちがうなと緩く首を振る。
「やめとく。アカツキくんに任せるよ」
「でも、橘さん」
「ごめんね」
クラスもちがうわたしに声をかけてくれたのはアカツキくんなりの気遣いで、夏哉を想ってのことなのだろう。
けれど、わたしは夏哉の残り物に関わる気はなかった。
卒業証書なんてちょっと厚いだけの紙よりも、わたしの手元にある厄介な手紙の方が、ずっと夏哉に近い。