白い息を吐いて、アキラが空を見上げた。

面立ちはちがうけれど、横顔に見る表情が、いつかの夏哉と重なる。


「昨日まで好きだったものに触れたくなくなることって、本当にあるんだ。あんたが見ていた夏哉がどうだったのかは俺は知らないけど、体育館から離れた場所でボールを持って、あいつとふたりでいるときはいつも、楽しかった。上手いじゃんって言われるの、上から目線ですごくムカついたけど、でも、楽しかったんだよ」

「……うん」

「夏哉が選んだ道は、あんたのせいでもあんたのおかげでもない。夏哉のものだって、認めてやれよ」


一度でも何かに真摯に向き合ったことのある瞳だ。

目の前の誰かや何かに、遠回りをすることなく結びつく方法を知っている瞳。

夏哉のこういう目を何度も見たことがある。


「こっち見ろ、ちゃんと」


視線を逸らしかけたわたしを叱咤して、アキラは手紙でも退部届けでもない別の紙をわたしに握らせた。

弱い力でその紙を掴むわたしの手をアキラは支えてくれない。

ひらりと風に煽られかけた紙をしっかりと掴み直す。


次の手紙の届け先のメモだ。

その文字を追いかけて、目を疑った。


わたしがよく知る人物の名前が記されていたから。

同名の別人であってほしいという願いは叶わず、あの『ユリ』だということがわかるように書かれている。


「それ、全部で何通あるんだよ」

「人に渡すのは六通で、アキラは二通目」

「なんだよ。なら、まだ夏哉のことは沢山わかるだろ」


知るということは、終わりに近付くということ。

手紙をすべて届け終えたら、夏哉との繋がりがなくなってしまいそうで、かき集めていくのが怖い。

漠然とした不安をアキラに零すと、潰した缶の尖った部分を額にコツンとぶつけられた。


「携帯、出せ」

「携帯? どうして」

「あんたとの繋がり断つなって書いてたから」

「そんなの、いいよ。夏哉が勝手に書いてたことなんだし」


携帯を出せということは、つまり連絡先の交換をしようということで。

その申し出は嬉しいのだけれど、夏哉を理由にされたくない。

もう、言葉が強制力を持って人を縛るのは嫌だ。


「俺は、夏哉が来ないあいだ、連絡先もあいつがどこの誰なのかもわからなくて、不安で仕方なかった。あんな思い、二度とごめんなんだよ」


そういえば、最初に夏哉の名前を出したとき、空気が緩んだと同時に、アキラが安堵の表情を浮かべていた。

行方がわからなくて、夏哉を探す手段もなくて、きっとアキラだって焦燥していたはずなんだ。


連絡先を交換しながら、ふとアキラが思い出したように言う。


「夏哉と同級生ってことは、来月卒業?」

「そう、三月二日が卒業式」

「それまでに終わりそうか?」


遠ざけられる終わりなら、ずっと遠くへ押しやっていたいけれど、夏哉が意図したことかどうかはともかく、そう悠長なことは言っていられない。


「四月までには、終わらせないとね」


新しい春からは、わたしにも今とは違う生活がある。

手紙の相手にも環境が変わってしまう人がいるだろう。

タイムリミットの輪郭は曖昧でも、終わりが来ない、なんてことはない。


「なんかあったらすぐ連絡しろよ。なくてもしろ。なんかわかったらすぐにしろ」

「アキラってやっぱり、ちょっと夏哉に似てる」

「似てねえよ」


アドレス帳に増えた【 柴田 章 】の文字が心強い。

夏哉の友だちなのだから、手紙さえ渡してしまえばそこでさようならとなってもおかしくはないのに、こうしてひとつの縁が繋がった。

それを手放しで喜ぶことはできない。

この縁のあいだにいてほしい人が交わることは永遠にないと、わたし達は知っているから。