最後の一行を読み終えるころ、アキラが手紙の片端を掴む指に力を込めたようで、くしゃりと文字が歪む。


「勝手なことばっか言いやがって」


手紙を持つ手をだらんと下げて、アキラは体育館の中を見遣る。

その目は相変わず、バスケをしたいというようには見えない。何かを感じ取るとすれば、少しだけ、苦しそうだ。


「駅まで送る」


駅までといったって、正門を出たらすぐそこに見えるし、最後に書かれていた『同封したメモを冬華に渡して』という文字を無視しているということは、なにか話を聞けるかもしれない。

あの手紙に、気になる部分はいくつもあった。

それを聞こうとすると、夏哉だけではなくアキラ自身の話も交えてもらわないといけないかもしれない。


体育館から響く声の渦が遠のいて、風の音だけが耳元を過ぎるようになったところで、アキラが何か言った。

マフラーに鼻下まで埋めているから、くぐもって聞こえにくくて、距離を詰めることで拾いにいく。


「冬華でいいんだよな。名前」

「あ……名乗ってなかったね。わたし、橘冬華」

「冬華。夏哉はいつから、どれくらい、バスケをしてた?」


駅が近くなる。もう、すぐそこに見えている。

その質問に答えてしまったら、このままアキラと別れることになってしまいそうで、口を噤んだ。


「聞くことぜんぶ答えるなら、俺も知ってること話すよ」


わたしの心配を丸ごと汲み取ってしまう。

本当にすごい子だな、と感心しているあいだに、街路樹脇のベンチに座るように促された。


「待ってろよ」

「えっ、ちょっと」


さっきの金髪くんのときとデジャヴ。

引き止める間もなく、駅に向かって走っていく。

言われた通りにベンチに座って待っていると、すぐにコーヒー缶をふたつ持ったアキラが戻ってきた。

差し出されたカフェオレと微糖コーヒーの二択に、迷わず微糖を手に取る。


「それ、結構苦いけど平気か?」

「全然平気。というか、わたし甘いコーヒーが苦手だから、こっちがいい」

「やっぱり、夏哉が言ってた通りだな」

「どういうこと?」


アキラを見上げているとちょうど逆光が眩しくて、目を細める。

隣に座ったアキラはカフェオレの缶のタブを開けて、もわんと浮かんだ湯気を吐息で飛ばした。


「俺、コーヒー好きだからなんでも飲むんだけど、前に夏哉のおごりでそれ買ってさ、微糖なんかよく飲めるなって、あいつすげえ顔してた。トウカを思い出すって言ってたことを覚えてる」

「そんなことまで覚えてたの?」

「どうでもいいことばっか覚えるんだよな、俺」

「どうでもよくない。大切なことだよ」


なにが大切なことかなんて、拾ったときにはその価値がわからないものだ。

覚えていないよりも覚えている方がずっといい。

どうでもいい、と思ってしまいがちなことでも、誰かにとっては大切な記憶の一部分かもしれないのだから。


つい熱弁してしまうと、アキラはふいっと顔を逸らして「馬鹿じゃねえの」とぼやいた。


缶コーヒーがお互いに空になるまで、どちらも話を切り出せずにいた。

聞きたいことは一致しているはずなのに、それを直球で訊ねるにはわたし達は知らないことが多すぎる。

夏哉という共通の知り合いがいるだけで、わたしとアキラは今日出会ったばかりの他人だから。

ちらちらと横目にアキラを見ていると、何度目かの視線を送った瞬間にばちりとかち合う。


「先に夏哉の話を聞いておきたいんだけど、話せそうか?」

「うん、大丈夫」


昨日コウトくんに話したような、幼いころの迷子になったエピソードは必要ない。

夏哉とアキラの共通点であるバスケが、夏哉とわたしのなかでいちばん色濃い時期の話をしよう。