ふたりきりになってもここにいてくれるのが幸いだった。

あんまり黙っていたら去っていってしまうかもしれない焦りと、どう切り出せばいいのかわからない迷いで、わかりきっていることを口走る。


「アキラ……?」


目の前にわたしがいるのに、一心に体育館の中を見つめられていたら、視認されていないように思えてしまう。

そんな心配は杞憂で、名前を呼べばその瞳はわたしに向いた。


「誰だよ、あんた」


不信感。というよりも、まるで不審者を見る目だ。

きちんと説明をしなければそういう目で見られて当然なのに、言葉に詰まる。


探している『アキラ』で合っているのかもわからない状況で足踏みをしていたってどうしようもない。思い切って口を開く。


「榊夏哉に頼まれて来たんだけど、アキラってあなたのことで合ってる?」

「は?⠀夏哉?⠀あんた、あいつの知り合いかよ」


夏哉の名前を出すと、ほんの少し空気が和らいだ。

見知らぬ人から知り合いの知り合いへと認識が変わるだけで、空気と緊張が緩んでいくのを感じる。


「夏哉、どうしてんの。連絡先知らねえし、いつもあっちが来てたから、探しようがねえんだよ」

「夏哉、は……」


コウトくんには本当のことを言わなかった。

夏哉は死んだ、なんて。

その意味が理解できたとしても、コウトくんの中にその存在を大きくし過ぎた夏哉の死を、今のコウトくんに伝えることはできなかった。


アキラはコウトくんとはちがう。

年齢も、理解も、受け入れ方も。

彼には、本当のことを伝えていい。


私の口から言うべきか、手紙を渡すべきか。

きっと、その手紙では、どのみち言葉が足りない。


「言えねえの?⠀あんた、夏哉の何なんだよ」


そんなシンプルな問いかけにすら、答えられなかった。

幼馴染みが抱えていたものを、いなくなった後でさえわからずに探しているなんて、わたしは夏哉の何なのだろう。


「夏哉……は」


また、同じ言葉を繰り返して、止まる。向けられた爪先が小刻みに地面を叩く。苛立っているのだ。

わけもわからず呼ばれて、聞かれたことにも答えないわたしに。


「夏哉は死んだの」


渇ききった喉が、絞り出した声が、ただ冷たかった。

アキラは一度長い瞬きをすると、空を仰いで目を閉じた。


「……そうか」

「驚かないの?」

「驚いてる。だけど、んなわけあるかってキレるところでもないだろ。嘘だろってあんたに縋れるわけでもない。本当なんだよな」

「自殺だった」


亡くなった、といえば事足りていた。

理由を聞かれてもいないのに自死だと教えたのは、わたしの中だけに押し込めておくのはもう限界だったからだ。


まだ中学生のアキラにそれを伝えてしまえば、動揺するだろうと思っていたのに、予想に反して彼は落ち着いていた。

頭が追いついていない、というわけでもなさそうだ。


「おかしいと思ってたんだ。最後に夏哉が来たのは年末で、帰り際にはいつも『また来るから』って言ってた奴が、最後に会ったときは何も言わなかった。他に様子が変だったわけじゃないけど、いつもと違うことって案外忘れられないんだよな」


コウトくんは年が明けてから会っていないと言っていたけれど、それは考えてみたら当然のことだった。

夏哉が死んだのは、一月四日。

最後に会ったのがいつなのかは聞かなかったけれど、アキラと同じで年末を最後にしているとしたら、年が明けてから顔を合わせたのはわたしだけということになるのかもしれない。


だって、わたしは夏哉がいなくなる二日前に、彼に会っていた。