最後に夏哉の姿を部活で見たのは、新しい主将が発表された日だ。辞退を引き下げ、夏哉が主将になってはいないかと期待をこめて顔を覗かせた体育館で、夏哉は部員たちのいちばん後ろに立ち、俯きがちに拍手を送っていた。

あのとき、夏哉の背中を見て頭が真っ白になった。そこにいるのは誰なのかと問いたくて、でもできずに、その場から逃げ出した。


思い出したくない。

でも、忘れたくない。


強く握り込んだ指と手のひらの間に冷たい汗が滲む。

ここに何をしにきたのかを思い出して、次の休憩で声をかけることに決めた。


体育館前の石階段に座り、膝の上に組んだ腕に顎を埋める。細かな振動も聞き慣れた掛け声も、今は遮断してしまいたい。

ここで顔を伏せて耳を塞ぐと人に声をかけられてしまうかもしれない。なにか別のことを考えようとしたとき、てんてんてん、と何かが階段を転げ落ちていった。


「おねーさん、誰かに用事?」


後ろからかけられた声に振り向く前に、足元でクルクルと回転するものをつまみ上げる。

それは、見覚えのある瓶ジュースの蓋。

やたらと甘くて、しかもその甘みがいつまでも舌や喉に残る、わたしの苦手な炭酸飲料。子どもの頃に夏哉がよく飲んでいた。

確か、蓋の裏側に恐竜の絵が描いてあって、レアなティラノサウルスは頻繁に出るのに、ハドロサウルスだけが一向に出なくて、わたしも買わされていたんだっけ。

たまに飲むのなら美味しく感じるのに、飲まされすぎたせいで苦手になったような気がする。


つい、癖で蓋をひっくり返すと、昔と変わらない絵柄の恐竜が描かれていた。結局一度も目にしたことのなかった恐竜の絵と名前に、慌てて蓋を眼前にかざす。


「ハドロサウルスだ……!」

「えっ、おねーさん、ハドロサウルス知ってんの?⠀つかそれそんなに珍しくなくね。 俺めっちゃ持ってるよ」


折角声をかけてくれたところを無視してジュースの蓋を手に取ったわたしに、懲りずに話しかけてくる。

振り向くと、ちょっと砕けた口調から想像する通りの男の子が立っていた。


「やっとこっち見た。ねえ、おねーさん。ハドロが欲しいならそれあげる」


ウインドブレーカーを重ね着しているようで、ぷくぷくに着膨れたその子は真っ赤な頬を緩めて、人懐っこい笑みを浮かべていた。

その笑顔には親しみを感じるけれど、それ以外が親しみやすさとはかけ離れている。


金髪のツーブロック。

細く剃られた眉毛も同色で染められている。

おまけに背が高くてガタイがいい。

どう見ても、中学生には思えない。